絶望・断念・福音・映画 「社会」から「世界」への架け橋

宮台真司bot

社会学2004年 

『絶望・断念・福音・映画
 「社会」から「世界」への架け橋』


 
宮台真司 著作●→私が学生時代から馴染んできた社会システム理論は、生物学の研究から生まれた枠組を応用することもあって、ダーウィン以来の生物進化論、ならびにスペンサー以来の社会進化論の影響を受けています。

宮台真司 著作●→社会が複雑になると、コミュニケーション可能なもの(人)とコミュニケーション不可能なもの(モノ)の区別が導入され〈世界〉から〈社会〉が分出し、〈社会〉に算入されない〈世界〉の余剰=いわば〈社会〉の外があると理解され始める。

宮台真司 著作●→とてつもなく面白い作品が、はるかにつまらない作品どもの100分の1も集客できない、そんなことが珍しくないのが映画の世界だ。芸術作品が大衆から見放されるならまだしも、日本では興行システムの拙劣さのせいでそうなってしまうのだ。

宮台真司 著作●→現代美術に限らず、私たちが作品から何を体験できるかは、作品に内在する物理的情報量によっては決まらない。私達がどんな日常を送るがゆえに、どんな記憶のデータベースを持ち、連想の可能性を持つのか。それが、私達の享受体験を決定する。

宮台真司 著作●→大半の日本映画は、台本が専ら本筋に関わるモチーフだけで構成され、「世界はそんなに貧しくねえよ」とツッコみたくなる。加えて、多用される寄りの画面は、ここに意識を集中しろと言わんばかり。世界の骨と皮の貧相さばかりが強調される。

宮台真司 著作●→〈社会〉を生きるべき根拠が〈世界〉の中に見つかるだろうか。ナンセンスな問いだ。〈世界〉は根源的な未規定性としてしかあり得ない。〈世界〉の中に何か根拠が見つかるはずがない。しかしまさにそのことが人に動機づけを与えうる。

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『絶望・断念・福音・映画
「社会」から「世界」への架け橋』

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