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宮台真司bot
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幸福論remix ア行

宮台真司bot

話をする上で、他分野との用語のすりあわせが必要なのかな、と、こさえた自習メモ。
門外漢にはいろいろ耳慣れぬ表現のオンパレードではあれど、よく見ればなじみの概念が頻出する書籍 『幸福論』 をベースに。


→幸福論remix 目次 【        ナマヤ    ラワ


■ア行■  

アンカー【9.11】 対テロ戦争
  • 米国憲法学会の主流が、推定無罪から推定有罪に軸足を移した。
    司法抜きの長期拘禁も是認してしまう
  • 9・11以降は、明らかにノージック的な原理が強くなっている。価値観の共存を認めつつも、リスク管理やセキュリティの名のもとに、多様性そのものを支えるインフラへの攻撃に対してはきわめて厳しい社会が生まれつつある。
  • われわれの社会は、インフラに反対しないかぎり自由で寛容な社会に向かうはずが、実際には別の脅威が出てきて不寛容に向かう。
    価値観が許せないという場合は、相手の価値観を聞いて、対話し、両立できないと思ったらやっつけるということになる。そこに寛容が生じる余地が残っている。
    ところが、インフラを侵す「かもしれない」というのは、価値観の問題ではないわけだから、その種の緩衝的なゾーンがない。逆にどんな人でも潜在的な脅威になりうる。脅威に対する許容の水準を下げていけば、リスクはいくらでも発見できる。現在のテロリストヘの恐怖などは、まさにそのように煽られている。〜大澤
  • アスボ イギリス
  • ゲートキーパー法 などの米国憲法学会の推定有罪シフト
  • ネオコン
  • 9・11(世界貿易センターテロ)以降、動員ファシズムが先鋭化。
    密教の顕教化設計の恣意性の上への居直り)が起きる。
  • 過剰流動性 のもとでの幸福
アンカー【if】if-then文
  • 自分の立場主張はさておき、諸条件の中で「〜〜の場合であるならば、**するのはどうか」と機能からくる必然を考察していく。
  • 「機能の言葉」
アンカー【アーキテクチャー】(環境の仕組み)
  • アーキテクチャラル(社会構築的)な権力は常にすでに作動している。
    アーキテクチャーを設計するソーシャル・デザイン(社会設計)も常にすでに実行されている。 →デプス
  • アーキテクチャーによるコントロールであれば、自由意思を損なうことなく、人びとの行動を方向づけられる
  • [ 宮台は ] 最近は作戦をかえて、アーキテクチャエリート的に作り替えれこと[ママ]をめざしているようです。 〜まなざしの快楽 20070706
  • アフォーダンスでヒト行動を自然操作するようなもんだ。
    交通道路の設計しかり、誘導路のデザインしかり、家畜管理しかり。
    説得不要、その環境条件に置かれれば自然に特定の反応を起こす。
    自然の性向を利用して企図どおり行動するよう、環境をデザインする。
    操作されている側は、自分の意志で選択・行動しているように感じる。
  • ネオコン的な戦略のかかえる最大の問題は、アーキテクチャーへのアクセシビリティーを封殺することで、代替的な可能性を隠蔽してしまうことです。彼らの情報宣伝戦略は、必ずといっていいほど、代替的な可能性の隠蔽に向けられています。
    『アメリカン・ディストピア』
  • 【社会設計】ゾーニングの濫用の果てに展開する今日の「不安のポリティクス」を克服するために、環境の人畜無害化の世論に抗って、無害すぎず有害すぎないカオスを呼び込むアーキテクチャーをどう設計するか。
    『幸福論』
  • 【民度憂国】多くの人間が、思考停止状態で、矛盾する要求を出しすぎています。ということは、自分たちを/自分たちが、支えているアーキテクチャーについての自覚や、それに基づく想像力が、だらしなく欠如しているということです。
    『ネット社会の未来像

  • オープン・アーキテクチャー
アンカー【アイロニズム】
  • デリダの「脱構築」概念も、ローティーの「アイロニズム」の概念も、イエスによって再び表象された原罪論抜きにはあり得ません。すなわち、そこでは構築は否定されず、実践は否定されないけれど、永久に疑われる。
    『日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界』
  • 近代社会では、超越も伝統も本来性も、再帰的な生成物です。すべての外部は内部であり、全体は部分です。だから私たちはアイロニズムというポジションを手放すわけにはいきません。
アンカー【あえて 敢えて】
  • コミットメントは多くの場合ネタ敢えてなすもの)でなければなりません。「ネタ」「あえて」は大切です。
    『社会システム理論 不透明な社会を捉える知の技法』
  • サブカルは、三島由紀夫のような、劣等感や屈折ゆえにアイロニーや諧謔をよくわかっている人間が、そうした感受性をべースにして、ベタにではなくメタに、あるいはナイーブではなくあえて表現するときにこそ、大きな力をもつ。
    『サブカル真論
  • 数多ある他のゲームの存在を知りつつ、美学としてそのゲームをする人びともいます。彼らは素朴にでなく、再帰的に遂行する。反省的な意味や無意味を自覚しつつ、あえてやる。
    『幸福論』
  • シニシズム免疫がない連中を見ていると、膝から力が抜けます。免疫をつけろ。免疫をつけて「あえて振る舞う」ということの意味を理解しろ。意味を理解して二枚腰三枚腰で戦え。ぬくぬくとした左翼サークルの内にいるな。
    『限界の思考』
  • 【宮台真司】何百人もの女とヤリまくってきて、結婚などクダラナイと吹いていた僕が、敬慶なクリスチャン一族の女と結婚して妻に操を立てる。僕は転向したのか。クダラねえよ。僕は何も変わっていない。なにせ参入離脱自由なんだから。それが「あえて」だよ
    『限界の思考』
アンカー【アクセスプタンス】
  • 承認
アンカー【アグリゲーター】
  • 巡回集計ソフト
アンカー【アゴーン】(闘技) 討議=闘技
アンカー【アジール】(外)
  • 特殊なエリア  「聖域」「自由領域」「避難所」など 統治権力が及ばない地域
  • 家や地域や結社は、民主制や資本制ゲームのアジール(外)だとみなしうる
アンカー【アスボ】(反社会的行動令)
  • イギリスの、反社会的行為取り締まり令: Anti Social Behavior Order
  • コンビニ前にたむろう若者や不法居住ホームレスが移動命令に従わない場合、直ちに逮捕できる
アンカー【アノミー anomie】
  • 人々の行動を規制していた社会的規範が失われて、混乱が支配的となって いる社会の状態。デュルケームが概念化した用語。はてな
  • 無規制状態。
  • 社会秩序が乱れ、 混乱した状態にあることを指すアノモス(anomos)が語源。
  • 泥沼
アンカー【アメリカ】
  • ゾーニング(米国) →バックボーン(アメリカの場合) →9.11
  • かつてスーパー国家だった当時は、カリスマ的な輝きゆえに奪人称性正統性)を僭称
  • 冷戦体制が終わった今、「西側の盟主」どころか「頭の悪い田吾作」状態
  • アングロサクソン系とくにアメリカ:
    超越神への帰依(宗教的良心)を正統性の参照項としてもち出す。
    宗教的共和=アソシエーショニズムの発想。
    それゆえに、〈生活世界〉の保全よりも母の権利を重視し、代理母を肯定する。
  • 学校完全週休二日制、郵政民営化、裁判員制度実施、みな米国資本的ゲーム展開の一端
    モノ作りで価値を生めなくなったアメリカが、農産物やサービス&情報産業を日本に押し込め、アメリカ側はバイオ・著作などの権利世界〜金融商品へ
  • アメリカ合衆国では、ヨーロッパのように国境を接する国家どうしがせめぎ合うという発想がなく、合衆国自体がひとつの世界です。最初から自由が<最終目標>として存在しているため、ヨーロッパ的な保守主義はありません。
     〜 『きみがモテれば、社会は変わる。』
アンカー【アレゴリー】
  • たとえ。比喩。寓意。寓話。
  • SF
アンカー【アレント】 ハンナ・アーレント
  • そもそも現代哲学は、フーコーを含めて右翼的なんですよ。そのことを誠実に書きとどめようとしてきたのが、ハイデガーの恋人でもあったハンナ・アーレントです。
    『限界の思考 空虚な時代を生き抜くための社会学』
  • 「富」の相対性(入れ替え可能なリソース)を否定
    「財」の絶対性(入れ替え不能なリソース)を肯定
  • 人は、入れ替え不能なリソースに支えられてはじめて自立できる、とする。
    富の如き入れ替え可能なリソースでは、人は流動性ゆえに不安になり、依存的になってしまう。
  • 富ならぬ財が支える自立こそが、政治参加のクオリフィケーション(資格授与)となる、とする。
アンカー【慰安婦】 いあんふ
アンカー【いし 意志】
  • 感情に流されない
  • もともとの目的を持たない人間は、「機能の言葉」に熟達しても、目的を持つ者たちに奉仕する「便利屋」になるしかない。
  • 踏み抜いた上で、あえてなんらかの選択をし、自らそれに耐えること。
  • → 自由意志
アンカー【いじめ ポストモダンのイジメ】
  • 「圧力釜状況」逃げられない状況で圧力をかけられるから鬱屈する。
    簡単に逃げられるようにすればガスが抜けて鬱屈が緩和する。
  • 80年代から目立つようになったのが「場の空気を読めない奴」へのイジメ。
    関西的な「1対1のボケ&ツッコミ」がテレビを通じて拡がる吉本ブームの全国化と並行する。
     → 関西
    相手のバックグラウンドがよく分からないままでも関係性を維持できるスキルが必要な社会になった。
  • 誰が自分の友達かを確認する作業を、延々続ける だけ。自己防衛の営みが、関係性の不全感をもたらす自家撞着を知っている。だから自己嫌悪に陥る。誰もが同じ自己嫌悪に陥っていることは判っている。判っていても、どうにもならない。
  • 明確な差異が存在しない分、その都度のコミュニケーションが過剰に観察され、空気が読めるか否かが問題化する 
  • イジメの「やりすぎ化」に対する処方筆は〈生活世界〉の再帰的構築である。
  • スゴイ奴に接触し、「スゴイ奴はいじめなんかしない」と「感染」できるような機会をどれだけ体験できるか
    → 感染的模倣/ミメーシス
アンカー【いちしんきょう 一神教】
  • 世界>を想像した<世界>の外にいる神を想定する
  • 日本の宗教文化は原初的世界によくある、アニミズム的に<世界>を社会(あらゆるコミュニケーションの全体)とみなすもの
アンカー【いにょう 囲繞】
  • かこいめぐらすこと
アンカー【イニシャル・エンドウメンツ】
  • 初期手持量
アンカー【いみ 意味】
  • 物語の中における位置関係。
  • 明らかに若い人たちの「意味」の読解力は落ちているし、作り手の側の意識も落ちている。
  • ルーマンに言わせると、意味とは、刺激が反応へと短絡するのを保留し、そのかわりに、多様な反応可能性を選択肢としてプールして、選びなおすことを可能にしてくれる装置。
    意味が失われると、選びなおしの機会も差異も失われてしまう。
  • 意味への感受性の低下は、すなわち多様性や共生への感受性の低下。
  • アノミー →エンジョイアビリティ
アンカー【インクリメンタル】
  • インクリメンタル検索:
    入力のたびごとに リアルタイムに候補を表示させる。
    逐語検索、逐次検索。
アンカー【インフラ】 インフラストラクチャー
  • 社会は、インフラとコミュニティを分けたある種の二重性を特徴とする新しい管理体制に移りつつある。
  • インフラにコミットすることと、価値観にコミットすることは、また別。
  • シャンタル・ムフの『政治的なるものの再興』で志向されているのは、メタユートピアというOSのうえでの、アプリケーションの不断=永遠の闘争。
  • インフラ部分が多様なコミュニティをたがいに切り離すほうにいく(ノージック)のか、それとも、トラブルを抱えながらも部分的に再縫合しようと試みていく(ローティ)のか
  • 価値観のレベルとインフラのレベルで別の政治的原理が働いていると整理したほうがわかりやすいんじゃないか
アンカー【ウェーバー】
  • 政治倫理の結果責任性。
    「市民は法を守るべき義務を負うが、政治家は法を守ることが意味を持つ社会を維持するべく、時に応じて脱法すべき義務を負う」
    市民倫理とは区別される。
  • シュミット →国家論
  • ウェーバーの正統性の三類型(カリスマ/伝統/合法)は、現・日本社会のリソース分布のなかではうまく機能しない。
  • ウェーバーは、共同体を対内道徳と対外道徳の二重性で定義した。 → 家族
アンカー【ウォルツァー】
  • リベラリスト
  • ウォルツァーの議論は、ウェーバーによる政治責任の結果倫理性の議論や、シュミットによる憲法制定権力の暴力性の議論の焼き直し。
    討議にまつわる暴力を、「情念」や「意思」だと表現しているだけ。
  • 密教性が崩れてきた今日、ウォルツァーあえて「結果オーライの何でもあり世界」「暴力」を顕教化させ、相対化しようとする。
アンカー【うまく うまく生きること】
  • 世の中をうまく渡ることはあくまで手段。
    目に見える現実に適応するのは、騙されることと同義。
    真の対象は、目に見えない未来や深層メカニズム。
  • 【世代分析】昨今は「ウマク生きること」と「マトモに生きること」とが乖離するのです。ウマク生きようとするとマトモに生きられない。ところが大人たちは「ウマク生きろ」と推奨する一方で「マトモに生きろ」と推奨する。ダブルバインドです。
    http://is.gd/d7Aes

  •  →デプス →フィールグッド化
アンカー【埋め込まれた視座】
アンカー【うよく さよく 右翼・左翼】
アンカー【ウロボロスの蛇】
  • 相互呑み込み構造
  • 科学論と社会学における「ウロボロスの蛇
    • 社会学は、社会的全体のなかでの科学的営みの位置を論じる
    • 科学論は、科学的営為として見た場合の社会学の位置づけを論じる
  • 前提を供給し合う循環:
    「疑いつつ適応せよ」(適応力主義)と「疑うにも適応基盤が必要」(適応主義
  • 三七年前のハーバーマスルーマン論争
  • → 神学と社会学
アンカー【エートス ethos】
  • ウェーバーが示した重要な概念のひとつに「エートス」があります。エートスとは、「ある社会に広い範囲で広がり、当事者自身は意識することのない行動パターン」のこと。僕は日本語で「(簡単に変えられない)行為態度」と訳しています。
     〜 『きみがモテれば、社会は変わる。』
アンカー【エクスパティーズ】
  • 専門技術
アンカー【エリート/民衆の二分法】
  • 少なくとも最初のうちは、誰かが困った立場から出発してないか、ちゃんと考えてチェックをできる「特別に優れた人々」が、必要になる。
  • 一昔前で言う「東大→官僚=自己実現」みたいなタイプの人のことじゃない。
  • 「幸せは人それぞれ」のいまの社会で「それでも多くの人が幸せになれるルールがあるはずだ」と考えられるタフな人間のことだ。
  • 「エリート」が尊敬されるようにしないと、社会はうまく回らない。
  • 昔はリテラシー教育をわざわざしなくても、志士の如きエリート層は維新期の激動に強いられて近代の論理的思考に習熟しましたが、維新体制が安定化する日露戦争以降は、エリート層に体制迎合的な出世主義者が増えた。
    『ナショナリズムの作法』
  • まず社会の全構成員を、エリート/民衆の二種類に分ける  → 階級社会
    • 自分以外の他者が多様な生を営むことに耐えられる者
    • 自分以外の他者が多様な生を営むことに耐えられない者
  • 【社会設計】[エリート/民衆]の二項じゃ足りない。マルチレイヤー(多層)のレイヤーごとに必要な民度を確保せよ。『幸福論』
  • 知る/知らない →エリートの育て方
  • 統治する側と統治される側 →民度

 

アンカー【エリートの育成】 エリート養成
  • 民衆の全てを「エリート/見抜く者」に育てる必要はない。
  • 大半の子どもたちには「真理の言葉」を用いたコミュニケーションでじゅうぶん。
    エリート予備軍には「真理の言葉」が果たす機能を教え、機能を教えることの機能を教える。
  • → 資格授与  →教育設計  →ショック療法
  • ドイツでは小学校高学年の段階で、エリートになる学校に行くかどうかを決める。
    エリートにならないと決めたら、そのあと早い段階でどんな仕事に就くかを決め、専門的な訓練を始める。
    いつまでもエリートを目指して迷ったり競争したりするのは、つらい。だったら、さっさとあきらめて、あきらめたあとは自己を卑下せず、エリートを尊敬するのがいい。
  • → エリート/民衆の二分法 → 階級社会
  • 臨教審答申 (ゆとり教育の正体?)
    • 庶民的パンピー用教育:微積分より、分数ができる雑魚水準の確保でじゅうぶん。
      余った時間を「幸福な消費生活を謳歌して満足する能力」の訓練に回す。
    • 選民的エリート用教育:最短時間で微積分ラインに到達させる。
      余った時間で「イノベーション能力」エリート資質の上昇に勤しませる。
  • 泥沼耐える全人・教養人を量産せよ。
  • 感情的動員であることを見抜き、かつ社会操作の必然性や必要性を判断できる特定個人の能力、その上昇こそが必要。
    感情的な動員に対して、感情に耐性がありメタなポジションを取れる人材が増える方向での教育プログラムをデザインせねばならない。
  • 自分のするゲームが、他のゲームとどんな前提・被前提関係にあり、その関係がどうシフトしてきたか、を理解するのがエリート教育の目的。
  • 一流は自由な校風。リベラルであっていいのは真のエリートだけ。
    他の田吾作は、似非インテリを含めて同調圧力にきっちり屈するよう育てる。
  • 小泉を輩出した横高は、すこぶるなんでもありだった。
    教師でさえ「好きなことだけ」教えている状態。
    それでいて、教えていないこと、教科書にも載っていないことを平気で試験に出すし。
    生徒はヨソで勝手に学んできていた。
    ヨソで学ぶすべを持たない庶民の子は、横高に入れても大きなハンディキャップを背負ったまま。
  • 貴族的ゲームの支持につながるような試験制度で、社会的上昇の仕組みをパンクチュエイトする。

  • 日本でエリートというと官僚エリートや財界エリートがイメージされるが、既得権益に固執するこれら勢力を監視する市民エリート(対抗エリート)を養成できないからこそ階層格差が固定されるのだ。
    『学校が自由になる日』
アンカー【エリーティズム】 エリート主義者
  • 「昔から僕は「エリート主義」を標榜しています。」 『愚民社会』
  • 政治  →知らぬが仏 →知識人
  • ハイパー・メリトクラシー(エリート能力)
  • エリート養成 →資格授与 →教育設計
  • 寡頭制的、エリート主義。
    • 民主制を適切に機能させるための外部性をどう制御するか。
    • 契約ゲーム」として存在するべき〈公〉をどう設計するべきか。
  • エリート側が人心を慰撫する体制・社会構造をこさえ、民衆のこころもちをなだめおさめる。
  • 国がフィールグッド・ステイト化(民衆を隠微に操作)する流れは不可避。
  • 「正しく」操作の気配に気づいた者たちは、操作批判にまわる暇があれば「よりましなフィールグッド・ステイト」を目指すべくエリート(操作側)に参加するはず(あるいはするべき)。
    「正しく」気づかない者は、田吾作
  • 村落的機制から知識人という存在を見る
    • 村人たちは、村の神童が東京に出奔して村人たちとは違うゲームをすることを期待した。
    • 大衆とは「別格」のエリート。
    • 階級文化とは異質なアクセスプタンス(承認)の日本的メカニズム。


  • 2012/07 この部分は考えを変えました。エリートと呼べる倫理的資質を持つ存在が乏し過ぎると確信したからです。
    RT @miyadai: 都会には都会の、田舎には田舎の、エリートにはエリートの、大衆には大衆の、幸せがある。多くの人が幸せになれるルールを考えることがエリートの幸せ
アンカー【えんこきはん 縁故規範】 
  • 数値や経済性や効率ではなく、感情(厚い人間関係や共感)につちかわれた、地域や親戚縁者を対象とする縁故規範
    おかげさまの世界
     →2009/04 『予想どおりに不合理ではない宗教の機能:縁故規範と市場規範』
  • 縁故規範が壊れると、万が一のときのセーフティネットが得られなくなりがち。
    金の切れ目が縁の切れ目
  • → システム市場規範 → 生活世界
  • 今は縁故規範を子の世代に伝達するすべがないというか、親が縁故規範にいない状態だ
     → 死の伝達
  • 佐藤優 著 『インテリジェンス人生相談 [社会編]』 扶桑社 (2009年)p8
    「日本における、資本主義の矛盾を解決するための処方箋は恐らく2つしかない。一つは、新自由主義的競争で勝利した者が、自らの富の一部を自発的に社会的弱者に提供する「贈与」だ。もう一つは、知人間、友人間の「相互扶助」だ。」
アンカー【えんじょこうさい 援助交際】 
  • 自殺率:工場城下町で高い傾向。援交率:工場城下町で高い傾向。90年代半ばの援助交際ブームのときに援交率の高さとしてあらわれ、98年以降の自殺ラッシュのときに自殺率の高さとしてあらわれる。
    『日本の難点』
  • 誤解はいつでもありますね。僕が援助交際を取材していたとき、単に「援助交際OK」と言っているように誤解されました。
    『漂流するメディア政治』
  • 僕は、それまでのマスコミ人やジャーナリストとは違って、なぜ彼女たちが、人が後ろ指をさす援助交際をワザワザやるのかという「動機づけ」をつかもうとしていたんです。
    『漂流するメディア政治 情報利権と新世紀の世界秩序』
  • デートクラブ最盛期には援助交際は必ずしも売春を意味するものでなく、援交という略語もなかった。援交という略語は援助交際の売春化を前提として広がった96年以降のものです。
    『atプラス 10』
  • 援助交際が、強力な動機づけを伴う非日常の営みから、いざというときのお財布代わりという日常の営みへと、変貌した。
    「援助交際とは何か」
  • 96年をピークに援助交際ブームが去ったのは、「条例で取り締まったからだ」と言う人が多いけど、全く違う。援交が自意識の問題だってことがバレバレになったから。いま援交してると痛くもない腹(自意識)を探られちゃう。
    『われらの時代に』
  • 僕が90年代半ばに女子高生の援助交際問題に関わった最大の理由は「お座敷論壇批判」です。「中流なんて幻想だと説くお座敷論壇人が援助交際を前にして中流的な市民道徳を説く」という愚昧を露呈させようとして、成功しました。
    『週刊読書人』
  • 私は「女子高生の援助交際は自己決定だから擁護できるのではなく、家父長制に痛撃を与える点で擁護できるのだ」といってきました。
    『日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界』
  • 父親が娘に対して理不尽な暴力をふるう場合、援助交際をする率がすごく高まる。母親が息子に対して理不尽な暴力をふるう場合、酒鬼薔薇聖斗のように、子は小動物虐待に相当するような方向にいく。
    『学校を救済せよ 自己決定能力養成プログラム』

 

 

アンカー【エンジョイアビリティ】 エンジョイアブル
  • 視点や物語の差異が織りなす「濃密さ」のあやを楽しめること。
  • 意味」的アクシデントによって「目から鱗」的な体験がもたらされる愉しみ。
  • 意味物語)が失われると、差異が失われ、差異が織りなす「濃密さ」も失われる。
    受け手側から見て、作り手側の主体がわからない、状況がわからない。誰がどういう履歴と意図で発したメッセージなのか伝わらず、 エンジョイアビリティがなくなる。
  • 受け手に「大衆」というイメージが共有されていた1960年代までの話。
  • 大衆芸能はエンジョイアブルであればいいけど、芸術はビフォアとアフターでものの見え方が変わるものでなけりゃダメ。
    『社会システム理論 不透明な社会を捉える知の技法』
アンカー【オープン・アーキテクチャーの構想】
  • 「全員参加は無理、参加しようと思えばできるようにしておけばいい」というルーマンレッシグ的なオープン・アーキテクチャー構想。
  • アーキテクチャーをめぐる情報格差は消せない。
    できるのは情報アクセス可能性を開くことだけ。
    だが開かれた機会が利用される保証はない。
  • 克服不可能な恣意性の存在を「知りたければ知れる」ように開いて特定人称性を中和し、かろうじて民主制を名乗る。
  • 全員参加のデモクラティズムは、手間がかかるだけじゃなく、「政治からの自由」の原則に抵触するので無理。ならば、モチベーションをもつ連中がアクセスできるように、アーキテクチャーを「開いて」おく。
アンカー【大きな物語】
  • 【大きな物語/小さな物語】これを物語のサイズの問題だと真に受ける人たちが日本にも多くいますが、間違いです。問題なのは物語のサイズでなく、物語がどこに帰属させられるのかということです。
    『atプラス 10』
  • 全体を見通す、全体性という幻想としての「大きな物語」。
    環境複雑性の縮減に効果を発揮する。
    社会システムの複雑性を、心理システムのキャパシティに収まる範囲にまで縮減してくれるフィルタ。
  • ルーマン理論的には、「意味」は世界の複雑性の縮減のための機能の一つでしかない。
    ポストモダン理論風に言うところの「大きな物語」が機能していない状態とは、ルーマン風に言えば世界の複雑性を縮減させるための装置が十分に機能していないということ。

  • 2008/07 【日本語ブログ】NHK解説委員室ブログ
     時事公論 「ポストモダンの産業構造」
     フランスの思想家リオタールは、ポストモダンとは「大きな物語が終わった時代」だと定義しています。
     この定義を経済にあてはめれば、豊かになることが国全体の共通の目標になっている中国は今、大きな物語の只中にあり、日本は、右肩上がりの成長が終わった1990年代以降の時期に大きな物語を失いました。
     大きな物語が終り、ゲームのルールも変わろうとしています。
アンカー【オタク】
  • 世代 →虚構の現実化  →新人類世代
  • 社会性がなくても開き直っていられるアイテムに囲まれ、島宇宙に居続けることによって、「差異をめぐる他者との対決」などせずにすむ生き方。
  • オタクの変遷
    • 「全てを受け入れてくれる少女」概念が前に出てくるのは、他者理解のスキルが低く、他者受容以前のひたすら自分を承認してもらうことにばかりかまけるがゆえ。
    • オタクという言葉の侮蔑的なニュアンスが薄れると(社会性がなくても開き直っていられるようになると)、「全てを受け入れてくれる少女」というロリコン的形象が大手をふるようになる。
    • 「ダメの焼き畑農業」:
      先行世代から見ると、後続世代は「俺たちネタだったのにお前らベタじゃん」。
      後続世代は「ぼくはダメ」と受け入れ、その流れがさらなる後続世代に繰り返される。
    • 〈総オタク化〉〈島宇宙化〉:
      先行世代の「なーんちゃって」的諧謔(かいぎゃく)が、後続世代で「どうせオイラは」的韜晦(とうかい)に変じた。
  • オタクという懐柔策/フィールグッド・プログラム としてのカテゴリー
    • 社会性がない→人格破綻 の路線を、「オタク:無害な脱社会的存在」というカテゴライズによって層を形成させ「オタクとしての在り方」に収斂させる。
      逸脱を抑止し飼い慣らす。
    • オタクたちに、そのありようが「泥沼の再帰性」の回避装置(斎藤環)であることを敢えて知らしめる必要はない。
アンカー【オルタレーション】
  • 翻身
アンカー【終わりなき日常】
  • 大友克洋を有名にした83年の『童夢』には、「終わりなき日常」を象徴する高層団地群が描かれる。
  • 60年代の政治の季節には「ここではないどこか」が希求されたが、挫折を経由して、「どこかに行けそうで、どこへも行けない」という若松作品の「69年的意味論」が出現した。
  • モノが豊かで平和で温かい関係の中で暮らせれば幸せなタイプが「内在系」、それだけでは満足できないタイプが「超越系」。近代成熟期には「超越系」の人間は生きづらくなる。それを論じたのが『終わりなき日常を生きろ』です。
    『サブカル真論
  • 全てはシステムの産出物に過ぎないという意味でのポストモダンが定義的に終わらないのと同じ意味で、「終わりなき日常」は終わらない。それは我々にとっての構造的な条件なのです。
    『atプラス 10』
  • 「終わりなき日常を生きろ」「フィール・グッド・プログラム」の日本的表現です。
    『愚民社会』
  • 日本には「終わりなき日常」の3つの側面(終わらない「様々なる意匠」「〈自己〉の時代」「解放区の消滅」)にどう抗うかという問題設定がありません。言い換えればウォールストリート占拠運動の如き「僕たちのゲームは間違っていたんじゃないか」という反省がない。
    『愚民社会』

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