正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く

宮台真司bot

社会学2016年 

『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』


 
宮台真司 著作●→リベラル・ナショナリズムは、最初にどこで生まれたかで「人権」の座席に座れるか否かが決まり、本人に責任がない理由で「コイツは人間、ソイツは人間モドキ」と選別します。

宮台真司 著作●→ヒトは〈感情の動物〉で、ヒト独自とされる愛も嫉妬も、インストールされた〈感情プログラム〉の帰結ですが、誰もが同じプログラムをインストールされていることの切なさ。

宮台真司 著作●→〈世界〉は確かにそうなっている、という納得をもたらす装置をアレゴリー(寓話)と呼びます。黒沢清作品は全て寓話です。

宮台真司 著作●→「秩序自体が、ありそうもない奇蹟だ」という発想は、ギリシャ的=叙事詩的です。反対に、「神の怒りで、無秩序になった」とする発想は、セム族的=一神教的です。

宮台真司 著作●→技術は、ヒトから、ヒトである必要を免除します。人間的なパーソンである必要も、人間的な社会である必要も、なくなります。

宮台真司 著作●→言語以前的な世界を忌避して言語にしがみつくと、親子関係も性愛関係も不安定ゆえに怖いものになるのです。

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『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』
 宮台真司
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 垣内出版
 



正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く

宮台真司bot

社会学2016年 

『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』


 
宮台真司 著作●→私は、表現したいことを伝えるために映画を利用している。通常の映画批評から見れば、掟破りだろう。

宮台真司 著作●→救いがないことで救われるという作品系列があります。それはギリシャ悲劇的と呼ばれることが多く、ソフォクレス「オイディプス王」に形式の典型が見出せます。

宮台真司 著作●→通過犠礼は[ 離陸→混沌→着陸 ]の3段階を辿ることが知られています。離陸面と着陸面の相違が、成長による移行を意味します。

宮台真司 著作●→父親は子どもに呪いをかける存在だからこそ、子どもに何かを超えさせる存在になり得るのであり、父親は子どもに何かを超えさせる存在であり得るからこそ、子どもに呪いをかけてしまうのです。

宮台真司 著作●→まともに見えるものは実はまともじゃないのです。ラカンが言うように、まともに見えるものに埋没している人間こそ病気です。

宮台真司 著作●→人々が何を面白いと感じるのかも、社会的な関数の産物です。秩序回復よりも、むしろ気付いたときにはすべて取り返しがつかず、そこから何が始まるのか少しもわからない…という物語を人々が望み始めています。

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