悪という希望 「生そのもの」のための政治社会学

宮台真司bot

社会学2016年 

『悪という希望 「生そのもの」のための政治社会学』


 
宮台真司 著作●→私の理論的出発点は社会システム理論だから、元々は理性に照準してきた。人々の人格に帰属される事物に多大な負担をかける代わりに、ソーシャル・デザインと、それを担う理性的エリートに期待するということだ。

宮台真司 著作●→〈世界〉は「本来なら別様であり得たのにこれでしかない」という風に現れる。〈世界〉は「別様であり得た可能性」と共にあり、我々はいつもそこから疎外される。

宮台真司 著作●→「感情への設計」というパターナリズムが「本来の感情的あり方」なる本来性を召還するのであれば、不安や不全感をニセの本来性で埋め合わせる全体主義の営みとして、徹底批判する。

宮台真司 著作●→ヒトは、世界を音楽的ストリームとして体験しながら、概念言語を機能させている。曲に歌詞が乗っていれば、ソレが冗談なのか真剣なのかが曲想で分かる。或いは、映画音楽次第で台詞の意味が変わってくる。

宮台真司 著作●→【バタイユ】原初的社会では例外なく「呪われた部分」を定期的に再認識させる装置を作動させる。それが、マクロには祝祭であり、ミクロには性愛である。

宮台真司 著作●→【歴史的経緯】「手打ち」とは、互いを滅ぼさないための相互拘束の約束である。悲劇を記憶するから、敢えて「そういう話にしておく」と相互拘束するのであって、記憶がなければ約束は無内容だ。

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『悪という希望 「生そのもの」のための政治社会学』
 堀内進之介 著, 宮台真司 監修, 現代位相研究所 編, ほか
 教育評論社
 



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