スポンサーサイト

宮台真司bot
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集

宮台真司bot

社会学2015年 

『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』
 佐々木心音との対談パート


 
宮台真司 著作●→僕も、いわき市に住む弟が震災から連絡が取れず、弟の目にとまるように原発関連のツイートを大量に発信して、脱原発の活動家みたいになりましたが、当初の僕は弟の安否が気がかりで、誰かが弟の安否情報を教えてくれるんじゃないかという思いでした。

宮台真司 著作●→僕なりにアドバイスすると、色気を学ぶのに有効なのは、古い映画を観ること。今の子たちは、グラビアアイドルにしても女優にしても、エロくありません。1990年代半ばくらいまでは、間違いなく今よりもずっとエロかった。

宮台真司 著作●→〈ここではないどこか〉へと誘う力。神秘性と言ってもいい。「神秘=よくわからないもの」だからです。「私はよくわからないものへと開かれている」という感受性を持つ人にしか、本当の色気は表現できないんです。

宮台真司 著作●→日本の売春は、1958年の売春防止法施行の後に犯罪になりましたが、江戸時代から第二次大戦の敗戦までは公娼制度がありました。敗戦後は公娼制度がなくなりましたが、占領軍の要求もあって、売春がずっと合法でした。

宮台真司 著作●→日本だけでなく、ヨーロッパにも「聖なる娼婦」の観念があります。つまり子宮回帰願望を投影された母親的存在。「この世はかりそめの場所だから、元いた場所へ帰りたい」という発想を神秘主義と言いますが、まさに神秘主義の典型です。
 子宮に還(かえ)る、母親に還る、海に還る、大宇宙に還る。自分が世界から分け隔てられる前の、温かくて大きなもののなかに溶け込んでいた頃に、還る。

宮台真司 著作●→「脱ぐ脱がない」なんて女優にとっては本当にどうでもいいことで、映画には脱がないと成立しないシーンがあるから脱ぐというだけのことです。
 映画で「聖なる娼婦」を演じる女優が、脱がないなんでありえません。なぜなら、剥き出しの体からオーラが出るからです。「脱ぐとイメージが壊れる」というクズ女優もいますが、脱ぐことで壊れるイメージなど初めから壊れています。

 〜 宮台bot Twitter 宮台真司bot




『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』
 宮台真司
 コアマガジン


スポンサーサイト

いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集

宮台真司bot

社会学2015年 

『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』
 プロローグ


 
宮台真司 著作●→【幸福とは何か】この問いが最も鮮烈だったのが60年代後半だった。高度経済成長で物が豊かになった。だが、人々は思ったほど幸せになれなかった。農村では過疎化、都会では過密化が進んだ。

宮台真司 著作●→インターネット化は〈距離の困難〉のみならず〈表出の困難〉(赤面症や手の震え)や〈尊厳の困難〉(小学時代の大便漏れ)を免除する摩擦係数の低いコミュニケーションを支える。
 それゆえに、対面ではあり得ないような島宇宙の細分化を、際限なくもたらす。

宮台真司 著作●→若い世代は仲間の空気に過剰適応しがちだ。腹を割るのが難しいので戯れが専らになり、損得勘定的な〈自発性〉を超えた、湧き上がる力としての〈内発性〉の動機が希薄になる。

宮台真司 著作●→社会批判のコミュニケーションにおいても、目立ちたくて言ってるだけ云々と全体を部分に帰属させる〈アイロニカルな理解〉が専らとなり、連帯不能になった。

宮台真司 著作●→アイロニカルな梯子外しと、浅ましい空気の読み合いが、人づきあいでの鬱屈と不安を蓄積する。この抑鬱が、2ちゃんねるやツイッターなどインターネット上での「脳内ダダ漏れ」を拡げる。

宮台真司 著作●→畢竟、我々は幸福ではない。幸福になれる見込みもない。我々は「終わりなき日常」に圧迫される以外の作法を知らない。それが3・11で明らかになった。

 〜 宮台bot Twitter 宮台真司bot




『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』
 宮台真司
 コアマガジン



いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集

宮台真司bot

社会学2015年 

『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』
 園子温との対談パート


 
宮台真司 著作●→人に見られていないとシャンとできない人たちの集まりじゃ、複雑な社会は作れない。実際、複雑に進化した社会には必ず「見る神」の観念があります。人が見ていなくても神が見ている。
 日本の「お天道様が見ている」「ご先祖様に顔向けできない」もそう。

宮台真司 著作●→「世の中になんか適応してやるものか。嫌がらせしてやる」という動機は、元々は男子的なものです。ところが、ある時期以降、そういう動機を抱くのは女子のほうが多くなっている気がするんですね。

宮台真司 著作●→今の時代「それどころじゃない」ということなのか、子に関心を持てない親が増えています。そんな親の下で育つと、他者に関心を持つ仕方を知らずに育ち、他者の感情を理解するのが困難になりがち。

宮台真司 著作●→【SNS垂れ流し】相手が「脳内ダダ漏れ」なら秘密は作れず、秘密が作れないなら相互にダイブできず、ダイブできないなら深い関係が作れない。つまり、深い関係を作るには「脳内ダダ漏れ」をやめなきゃダメ。
 ところが、そんな頭さえ働かない劣化した連中が溢れています。
 僕は「虫けら」と呼んでますけど(笑)。

宮台真司 著作●→明治安田生活福祉研究所が2014年に公表した「20〜40代の恋愛と結婚調査」によれば、「交際経験がない」男は、どの年代でも女の倍だ。
 各年代の男女人口はほぼ同じだから、男の二極分解が進み、一部の男だけが、高頻度で相手を替えるか、多股状態か、年少の女と交際している勘定だ。

宮台真司 著作●→親が自分の課題を子に押しつける結果、子が親の目標を自分の目標だと思い込む。時代的リソースも人格的リソースも違うから子は課題を達成できず、話が違うと親を恨む。

宮台真司 著作●→物事の外見に惑わされず、目の前の女子が、内側から今まで何を体験し、それゆえに今まさに何を体験したがっているのか、見極めるという基本線に立ち返るといい。

 〜 宮台bot Twitter 宮台真司bot




『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』
 宮台真司
 コアマガジン



これが沖縄の生きる道

宮台真司bot

社会学2014年 

『これが沖縄の生きる道』 第3章
 〈恨みベース〉から〈希望ベース〉の未来構想へ


 
宮台真司 著作●→「豊かになりたい」という願望の実現と、「依存せずに自立したい」という願望の実現:畢寛「豊かであり続けたい」という願望の実現:は両立しない。そこから目を背けない〈感情の能力〉が必要です。

宮台真司 著作●→目を背けたくなることから目を背けずにいられるのは感情の使用法に関わる能力です。それに支えられてはじめて、視野の中に、理性を働かせる対象や、意志すべき目標が出現する。

宮台真司 著作●→色街つぶしは〈新住民化〉が背景です。〈新住民化〉と言う場合、地元に根付いていない旧住民じゃない人が増えることと、親が旧住民でも地元の来歴を知らない人が増えることの、両方を指します。

宮台真司 著作●→「見たいものだけを見て現実だと思い、見たくないものを見ないで忘却する」のは、人の世の摂理なのです。しかし、こうした忘却に委ねると世が滅びます。

宮台真司 著作●→家族生活の多様化は、機会を拡げて人を自由にする面では、よきことです。しかし、それによって家族の共通前提:共通感覚や共同身体性:が失われるのは、よくない。強いられた理不尽な同居に堕するからです。

宮台真司 著作●→いまの内地は〈クソ社会〉以外の何ものでもありません。内地のような〈クソ社会〉を目指すことが、沖縄が生きる道であるはずがありません。絶対に。

 〜 宮台bot Twitter 宮台真司bot




『これが沖縄の生きる道』
 仲村清司、宮台真司
 亜紀書房



カテゴリ
リンク
サイト内検索


















上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。