幸福論remix サ行

宮台真司bot

話をする上で、他分野との用語のすりあわせが必要なのかな、と、こさえた自習メモ。
門外漢にはいろいろ耳慣れぬ表現のオンパレードではあれど、よく見ればなじみの概念が頻出する書籍 『幸福論』 をベースに。


→幸福論remix 目次 【        ナマヤ    ラワ


■サ行■

アンカー【さいきてき 再帰的】 reflexivity
  • **についての言及が、**自身に影響を与えること。
  • **の定義に**自身を使用すること。
  • 近代社会では、超越も伝統も本来性も、再帰的な生成物です。すべての外部は内部であり、全体は部分です。だから私たちはアイロニズムというポジションを手放すわけにはいきません。
    『日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界』
  • 数多ある他のゲームの存在を知りつつ、美学としてそのゲームをする人びともいます。彼らは素朴にでなく、再帰的に遂行する。反省的な意味や無意味を自覚しつつ、あえてやる。
    『幸福論』
  • 万人が再帰的に覚醒することはありえない。  『波状言論S改』
  • → 泥沼の再帰性
アンカー【さいきせい 再帰性概念】
  • → 泥沼の再帰性
  • 「底が抜けた」状態からあえてあがく
    価値根拠ではなく事実性。本質ではなく傾き。可能性ではなく蓋然性(がいぜんせい)。これらを護持(ごじ)するための、理論ならざる再帰的な実践。
  • 社会システムに準拠したルーマン的な用法の「再帰性
    • ベイトソン経由、数学概念の転用。
    • 「学習についての学習」に見られるような「手続きの自己適用」
    • 「選択と同時に選択前提もまた選択される」という非自明的な選択のあり方
  • 人格システムに準拠したギデンズ的な用法の「再帰性
    • 言語学由来
    • 人々の行為が、社会システムからあらかじめ行為に対して与えられた記述をなぞるようになる事態。
    • おのれの行為が、恣意的に提供された「自己記述(カウンセリングやニュース解説…)」を参照する事態が一般化すること。
    • 総じて消費選択肢が増え、消費社会化した。車にもいろいろ。冷蔵庫にもいろいろ。選択対象の側では記号的な差別化=高付加価値化が図られる。
      と同時に、選択主体の側に「これが理想的なアナタです」という自己記述が提供されるようになった。
      どちらも選択肢の増大に対処してアノミー(混乱)を埋め合わせるための工夫だと言える。特に重要なのは後者(自己記述の提供)で、 社会学者のギデンズはこれを再帰性(自己反省性)と呼ぶ。
      「何が自己実現なのか」について既成品的なイメージが提供されるのである。
  • キリスト教は救済を単なる善行や戒律遵守から切り離し、信仰内容(心〕に結びつけ、「各人には、救済如何を決定するに足る固有で一貫した見通しがたい内面(心)がある」という〈個人性〉の意味論を、広く一般化させた。こうした〈個人性〉があらゆる選択の出発点と見倣される限り、「再帰性には必ず終わりがある」ことになる。
    キリスト教的な〈個人性〉が薄弱でも、〈生活世界〉への共属がもたらす「我々意識」があれば、それが高度な流動性と結合した選択の、それ以上遡れない主体性を与える。その結果、再帰性に終わりがもたらされる。米国ならざる欧州や日本の近代にとっては重大な構造だ。
  • 米国はキリスト教的な〈個人性〉ゆえ、〈システム〉の席巻(過剰流動性)による〈生活世界〉の空洞化をさほど恐れずに済む。
    対照的に欧州は、〈システム〉の席巻による〈生活世界〉の空洞化を放置すれば、「終わりなき再帰性」が口を開けて待つ。
  • 埋め込まれた視座と、再帰する視座とでは、「同じもの」が天と地ほどの差異を以て体験される。
     → パトリ
アンカー【サイファ】
  • 世界>の規定不可能性を集約して帰属させる特異点
    → レヴィ= ストロースの《浮遊するゼロ記号》 → マナ  →  〈世界〉
  • 日本には正しい転倒先がない。(宮台は転倒先を「サイファ」と呼ぶ)まなざしの快楽 20070706
  • 「世界の未規定性」を、いわば一ヶ所に寄せ集めて、「世界」の中の特異点(特別な部分)として表象する。この特異点を社会システム理論では「サイファ」(暗号)といいます。これは、典型的には、「世界」の創造主としての「神」といった形をとりますが、その結果「神」だけが未規定性を一身に 体現する代わりに −− いわば毒を吸収する代わりに −− 、「世界」の残余(残りの部分)は未規定性を免れることになるわけです。 〜宮台真司「サイファ覚醒せよ」p180
  • 〈縦の力〉が降りる=規定された事物が〈世界〉の〈訪れ〉ゆえに未規定性へと変じる瞬間
  • 創造者は<世界>の外のものである必然性=既得権益の排除と、恣意性の帰属可能性

  • ミメーシスならびにミメーシスを可能ならしめる社会的文脈の保全に、強くコミットメントするような、自分自身がミメーシスによって駆動される存在こそ、真の右翼です。これを思想史に言及せずに書くと「サイファ」になります。
    『保守のヒント』
アンカー【サブカル サブカルチャーの歴史】
アンカー【さよく 左翼】
アンカー【し 死】
  • 自殺も孤独死も、「金の切れ目が縁の切れ目」
    縁故関係が壊れた、システム社会での必然
  • 「愛する者の死」は、自分で経験しないとどうにもならない
  • 無痛化した社会では、ふだんから「重要な他者の死に積極的に関わっていく大人の姿」をあえてロールモデルとして刷り込まねばならない
      ↓
    親自身が、豊富な縁故関係の中にいなければならない

  • マイヨールは明らかに脱社会的存在で、〈社会〉よりも〈世界〉に帰属したがった。でも、それだけでは、生死が等価になるだけで、積極的な死の理由にならない。
    『「世界」はそもそもデタラメである』
  • 安楽死を禁じると、人道的な問題を生じ幸福追求権に反する。だが安楽死を認めると、法の下の平等に忠実たらんとする限り末期患者でなくても肉体的苦痛がなくても自死を認める方向にならざるを得ず、自殺の容認に近づく。
    『「世界」はそもそもデタラメである』
  • → 自殺
アンカー【しあわせ 幸せ】
アンカー【しい 恣意的/恣意性】
  • 恣意的:その時々の思いつきで物事を判断するさま。 〜ヤフー辞書
  • 恣意性:ソシュールの用語。言語記号の記号表現(能記)と記号内容(所記)との結びつきが恣意的であるということ。 〜ヤフー辞書
  • 「核心」を一言でいえば、我々がヒトとして存在することに本質的に含まれる限界ゆえに、ヒトによる能動は、目標や帰結がどうあれ、本質的に正当化不可能だという点に関わる。
    目標については「分別の恣意性」が、帰結については「人知を超えた世の摂理」が問題になる。
    これらを理解することは、日常的信念の否定ゆえ「心理的な低抗」を伴いがちだし、半端な理解では、悪と知りつつ悪を行う「恣意性への居直り」を帰結しがちだ。
    だからこそチベット密教では長期間寝食を共にした弟子にだけグルがメッセージを授けるグルイズムがある。
  •  → 境界線の恣意性

  • どんな社会も、社会がその形を取るべき必然性はありません。つまりは恣意的で、その意味では「底が抜けて」います。この恣意性は消去できません。
    『日本の難点』
アンカー【じえいたい 自衛隊】 憲法改正
  • 日本が最近まで地雷やクラスター爆弾を禁じる条約を批准しなかったのは、専守防衛の大儀ゆえに地上戦を想定せざるをえなかったから
  • 敵が上陸している(地雷やクラスター爆弾に頼る)時点ですでにそれは「負け」であり、平和主義を守るには、重武装化が必要、そして憲法九条を変える必要がある
  • 生活世界の空洞化から逃れたければ、憲法改正による重武装化を成し遂げ、システムだらけを招いた米国との力関係を解消し、アジア諸国の包括的な安全保障戦略を日本が自立して考えられるようになることが肝心
  • → 憲法
アンカー【しかくじゅよ 資格授与】(クオリフィケーション)
  • エリート養成 →ハビトゥス →公民
  • 「私も参加したい」「かわいそうだがお前に資格がない」
  • 「泥沼の再帰性」にもかかわらず前に進む意思をもつ者をスクリーニング(篩い分け)する。
    ショック療法
  • アレント
    富ではなく、財「入れ替え不能なリソース」が支える自立こそが、政治参加のクオリフィケーション(資格授与)たるべし。
  • 理想的な資格授与
    自分の実力を自分で推し量らせる。
    アゴーン(競争のフィールド)で太刀打ちできるか否か。
アンカー【じこけってい 自己決定】
  • あくまで不確実性・不完全性に囚われたままで決定せねばならないのが、自己決定
  • 素朴パターナリズムを批判する自己決定主義は、それ自体がパターナリズムでしかない。

  • ベネッセ・コーポレーションの調査では、小学校教員の九割以上が、自立性よりも協調性のほうが、すなわち自己決定よりもみんな仲良しのほうが重要だと答えています。日本以外の先進国では、完全に逆です。
    『「脱社会化」と少年犯罪』
  • 応報感情が家族に向かうのは、子供の自己決定という観念が、一定世代以上の日本人にないからです。例えば子供同士が喧嘩してケガさせたりしたら、日本だったら必ず親が出てきますが、イギリスやアメリカだったら必ず子供に謝りに行かせます。
    『これが答えだ! 新世紀を生きるための108問108答』
  • 「自己決定や自己責任が大切」ってことは僕も以前から言ってきた。でも、それは「人を頼っちゃダメ、人を助けちゃダメ」という話じゃない。「自分の人生をどう生きるかは自分に選ばせてくれ」という意味だ。
    『中学生からの愛の授業』
  • 自己決定は、存在しないといえば存在しない。共同体も、存在しないといえば存在しない。にも関わらず、自己決定は存在する、共同体は存在する、という想像的な前提抜きには、前に進めないのが私達の日常なのです。
    『日常・共同体・アイロニー』
アンカー【じこげんきゅう 二〇世紀的な「自己言及の思考」】 
アンカー【じことうや 自己陶冶】 
  • 自己陶冶とは、「感情」や「欲望」に流されがちな自分たちを相互に超克することです。自己陶冶を通じ、自分としての自分から(つまり感情から)距離を取れるようになることが大切です。   『朝日ジャーナル 日本破壊計画』
アンカー【しざ 視座の複数性】 
アンカー【じさつ 自殺】 
  • 社会的靱帯がない状況で頻発する/金の切れ目が縁の切れ目
  • 自殺率は工場城下町で高い傾向がある/援交率は工場城下町で高い傾向がある
  • 2008年自殺実態白書を一読して驚いた。独身男性の自殺が多いのは工場城下町。独身女性の自殺が多いのは大都市近郊圏。どららも売買春のメッカだった場所。上位地域の名称を見てフィールドワークの記憶がまざまざ蘇った。 http://j.mp/mX7J6B
  • 「生きていればいいことがある」「君の悩みは小さいことだ」といった「ありがちなコミュニケーション」をすると、自殺しようとする側が、むしろ死に向けて追い込まれていく。このことへの気づきが第1ステップです。
    『教育「真」論 』
  • 強い自殺念慮がないのに「ロシアン・ルーレットで死んでもいいや」と思う連中は、「生きること」と「死ぬこと」との間に截然とした境目がありません。こういう連中は、偶発的に訪れた気分に従って自殺してしまいます。
    『教育「真」論 』
  • 以前、筑波大学が位置するつくば市は、大学同様に、驚くべき自殺者の数で知られていました。しかし、市内に当初は存在しなかった飲み屋街ができると、自殺者はぐっと減りました。
    『学校が自由になる日』
  • 自殺の背景は、基本的には孤独死と同じだ。マスコミは、自殺はうつ病がもたらしたとか、経済苦がもたらしたとか報道するが、ちゃんちゃらおかしい。「金の切れ目が縁の切れ目」が最も大きな理由だ。
    『13歳からの大学授業 未来コンパス』

  • → 

  • 「世の中、無意味だ」と言うときに、死ぬ人と死なない人がいる…。この違いは、以下のような態度の分岐にあるのだと思います。「確かに無意味だ。でも、そこそこ楽しい」「そこそこ楽しい。でも、無意味だ」
    『美しき少年の理由なき自殺』
アンカー【じじつせい 事実性】 
  • 近代国家において緊張関係にあるふたつの要請:「事実性」と「妥当性」 〜ハーバーマス
    • 事実性:国家の権力によって実際に通用している法の実効力
    • 妥当性:市民の自由な討論によって法律が吟味・訂正される
  • リベラリズムは普遍性を僭称しようにも「端的な事実性」の外には出えない。
  • 端的な事実性という臨界を見きわめる動員者は、"脱社会的存在"と遜色なくなる。
アンカー【しじょうきはん 市場規範】 
  • 数値ではなく感情を基本とした身内用の縁故規範に対し、 数値だけで割り切り、感情より効率性だけで割り切っていこうとする規範
  • 無縁な者と「あとくされなく」交渉するには便利
     2009/04 予想どおりに不合理ではない宗教の機能
  • 市場規範が強まりすぎると、弱者は捨て置かれ、生活救済はないがしろにされやすくなる。
    人間の個々の尊厳も価値が低下し、能力基準でいくらでも人材は入れ替え可能だとする「冷たい物言い」に陥りがちになる
  • → システム → 生活世界縁故規範
アンカー【シニシズム】(シニカル主義)
  • 社会風習や知識にかまわず、 無欲な生活を営むことを理想とする思想
  • 社会風習や道徳・理念を軽んじ無視する態度
  • 近代社会の二大理念:
    自由と平等(公正)を踏みにじる恣意的な排除と選別への居直りとシニシズム
アンカー【じめいせい 自明性】
  • 奪人称性
  • デフォルトとみなされる、人称性のない状態。
    「そんなの、あたりまえじゃん 」
  • 自明性が崩壊した状況(泥沼)でも、意志をたしかに前に進める人間を育てねばならない
アンカー【しゃかい 社会】 
  • コミュニケーション可能なものの全体を〈社会〉、ありとあらゆる全体を〈世界〉と呼ぶ。
アンカー【しゃかいか 社会化】 
  • 自発的行動が一定枠に収まるよう馴致(じゅんち)されること。
    自立性の埋め込み。
  • 適応 →教育のなかの社会化
  • → 脱社会的存在
  • 社会化」には「自然的」なものと「人為的」なものがある。
  • 教育とは人為的社会化です。本来非自明的な境界線を自明であるかの如く思わせる作業です。中でも最も重要な作業が「子供を不自由にすること」です。 http://is.gd/dhkQJ
  • 韓国の徴兵制は「再社会化」として評価されてきた。大抵は徴兵が終わるとオタク趣味が一掃されちゃう。徴兵後もオタクであり続ける、社会性と両立する真のオタク魂は、本当にリスペクトされる。
    『思考のロバストネス』
  •  →社会統制
  • 一般的には、社会化には「人称性」がない。
アンカー【しゃかいがく 社会学的啓蒙】 
  • 機能の言葉(文脈限定的な妥当しか要求しないif-then文)」の相互言及的な網によって、全体性を追究する
  • 真理の言葉
  • 今日の社会学から「全体性」が失われて久しい。個別領域への穴籠りが進み、異なる穴の住民同士では言葉さえ通じにくくなった。それに並行して、一般理論志向が失われ、理論社会学は低迷している。
    『21世紀の現実 社会学の挑戦』
  • 神保哲生氏は、信用できないメディアに対し、メディアを離脱するのではなく、信用可能なように操縦しようとする。宮台は、用をなさない社会学に対し、社会学を離脱するのでなく、用をなすように操縦しようとする。
    『アメリカン・ディストピア
  • 右は右でも、安全な保守主義ではなく、危険なロマン主義としての全体主義が出てくる。それは避けがたいけど、その避けがたさを自覚しつつ事前の解毒剤を豊富に準備することが、旧枢軸国における社会学の使命じゃないでしょうか。
    『限界の思考』
  • 僕が社会学を通じてやりたいと思っているのは、社会の復権、すなわち、われわれの復権です。われわれが「われわれ」を信じるという態度の再興です。
    『サブカル「真」論』
アンカー【しゃかいけいやく 社会契約】
  • このままだとアノミーが続くだけだからあえて社会契約をする、その一方策としての徴兵制。
  • 社会への強制参与システムとしての徴兵制。
    ルソー的な社会契約が全体主義に陥る可能性があることは重々承知しているが、ここは「あえて」。
アンカー【しゃかいせっけい 社会設計】
  • ソーシャルデザイン
  • アーキテクチャを設計する 人々が暮らす場を操作する
     → 政治 → 密教 
  • 常にすでにおこなわれている
    社会設計をしない、ことさえ、社会設計にほかならない →再帰性
  • 「周到な社会設計」と「杜撰な社会設計」の差異しかない、ゆえに、社会設計をしないことをも含めて、「周到な社会設計」がなされるべきということになる
  • 社会設計の計画に関わる六つの連立式を満たすのは困難
    • 計画につぐ計画が不可避
    • 計画が「不可視の全体性」を参照しきれない
    • 計画の恣意性が不可避
    • 計画の失敗が不可避
    • 計画の意味を万人が知るのは不可能
    • 以上の条件に抗って、計画の正統性を調達すべきこと。
  • 「全て恣意的だから何でもあり」から惹起しえる構え「では、それなりに信頼解を実現すべし」。 恣意的な排除性をともなって、恣意的な「事実性」を参照するしかない。
  • どんな感情プログラムをインストールされた人たちがどう分布するかを参照しつつ、変化がそれぞれの人たちにどんな適応速度を強いるのかを考えながら、デザインされた社会を現実化せねば。
アンカー【しゃかいとうせい 社会統制】
アンカー【しゅいしゅぎてき 主意主義的世界観】
  • 〈社会〉では「因果」でなく「意思」が出発点とする。
    「意思」の前にはさかのぼらない。
  • 主意主義」と「主知主義」という対立する概念は、古代ギリシアからある
  • 神が合理的な『意思』のもとで悪を存在させるのではない。全能の神なのだから、神は自由に悪を意思できる。神の意思は端的であって、合理も不合理もない
  • → 自由意志 → 主知主義的世界観
  • → 右翼・左翼
アンカー【じゆういし 自由意志】
  • 自然界の説明に用いられる、因果律に基づく決定論的な世界観は、「あえて」横に置いておきましょうというのがカントの考え方だし、社会学の考え方だ。
  • 不自由な意思と自由な意思の区別ではなく、意思することが妨げられていない状態を意味するだけ
  • 因果的な自己原因性とは別に、帰属や帰責を可能にする主体を正当化するためにカントが持ち出したのが、「自由意志
  • 高度に複雑な象徴操作の産物:「過失不作為」といった「意志しないという意志」さえも措定される
  • 人間界(人倫の世界)では、因果性の帰属ではなく選択性の帰属によって、主体性=自己決定性が認定される。
    「意思」の前にはさかのぼらない→ 主意主義的世界観
  • 自然界からすればヒトに因果的な自己決定能力などあるはずもない。
    が、人間界では人間に選択的(意志論的な)自己決定性がある、というほかはないのだ。
アンカー【しゅうきょう 宗教】
アンカー【しゅうぐ 衆愚政治】
  • 有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況 〜衆愚政治 - Wikipedia
  • 公民 →田吾作
  • 自己陶冶が未熟な輩が全体性を志向しても、何かへの依存が目指されるだけ
アンカー【従軍慰安婦問題】 じゅうぐんいあんふ
アンカー【じゅうばつか 重罰化】 
  • 多様性を切り捨て、流動性を重視するネオリベラリズム:サッチャリズムやレーガニズム。
    異質な存在を排除、監禁、重罰化する傾向。
  • →重罰化の機能についてもツイートしたのでまとめます。 投稿者:miyadai
  • 少年法重罰化の根拠の一つが「感情的回復論」。被害者や社会の傷つけられた感情は、重罰化によってしか回復できないと主張されるのですが、こういうバカな主張が社会の主流なのは、先進国ではいまや日本だけです。
    『脱社会化と少年犯罪』
  • かつて現在の5倍も10倍も凶悪犯罪があったときに、少年法重罰化、メディア規制という話が出てきましたか。一切出てこなかった。逆にいえば、この程度のことで、なぜいま出てきているのか。それがポイントです。
    『漂流するメディア政治』
  • 重罰化問題:「抑止力機能」「安心提供機能」「感情的回復機能」「法的意思貫徹機能」のうちどれが一番重要なのかについては、学問の世界においてさえ合意されていませんし、将来的に合意される可能性もありません。 http://is.gd/d7QIv
  • 「感情的回復機能」の観点から処罰を考える立場もあります。重罰化で被害者や社会はカタルシスが得られるからいいのだと。共同体が空洞化し、日常生活の中で感情的回復を図る機会が減るほど、重罰化による感情的回復が重要視されるようになる。 http://is.gd/d8quo
アンカー【しゅちしゅぎてき 主知主義的世界観】
  • ぼくたちが全能なら「意思」の前にずっとさかのぼれるはずだという世界観
  • 「主意主義」と「主知主義」という対立する概念は、古代ギリシアからある
  • → 自由意志 → 主意主義的世界観
アンカー【シュミット】 カール・シュミット
  • ウェーバーの影響下で、憲法制定権力自体が憲法外的なものであることを指摘し、非常大権を許容。
  • 最大多数の最大幸福という文脈で合意を捉えて民主主義を議論する
アンカー【しょうじょう 小乗】
アンカー【しょうじょまんが 少女マンガ】
  • 1973〜1986年:現実世界における自分と世界の関係を、少女漫画を参考にして解釈する「これって私」
    1973年に少女漫画は「代理体験もの」から「関係性もの」に変化した
  • 関係性の解釈能力を訓練された少女達が、1977年以降の「性と舞台装置の時代/ナンパ・コンパ・紹介」的コミュニケーションの主人公となった
  • 1986年頃:時の流れを前提にした関係性から、関係性を記号的に短絡させる15秒コマーシャル的なシーンへ変化した
  • 1988年頃から「少女漫画が難しくてわからない」少女世代が出てきた
  • → ケータイ小説
  • → 「サブカルチャー研究」について集めたページへ
アンカー【しょうにん 承認】
  • 関係性提示機能
  • 〈社会〉の中では「承認」が問題になるが、〈世界〉の中では「承認」どころかアリンコみたいな存在だ。「承認」を気にしている自分など、とてもとても小さい。
    『14歳からの社会学』
  • 自分が死んだあと、どう人に「承認」され続けるのか。どう記憶されるのか。そういうことへの不安が、未練だ。
  • 「完全なる承認」幻想は、もともと宗教と性でしか得られないものだが、いまや宗教も性も全体性を失い機能不全状態にある。
    『波状言論S改』
  • 80年代に新興宗教系の入信する人が急増するのですが、内訳を見ると風俗・水商売の女の子の割合が非常に高かったのです。「包括的承認」を与えるツールとしての性、その期待外れが宗教への欲求を生むのだと思います。
    『atプラス 10』
  • 子どもに充分な承認を与えられない社会は「脱社会的」な人間を生む。かつてのように共同体を頼れない以上、個人が個人として、他人を承認承認される文化が要求されている。
    『学校を救済せよ 自己決定能力養成プログラム』
アンカー【ショック療法】
アンカー【ジラール】ルネ・ジラールの第三項排除論
  • 共同体的排除の本質:主体の自己同一性を保証する者としての第三項
  • 排除された第三項に照らして、自らの同一性を獲得する諸個体たち。
アンカー【しる 知る/知らせない】知る位置に来る/知らない位置にとどまる
  • レッシグ
  • 〈真実〉は不安や混乱を招く恐れがある。
    • 素朴な人に無理に知らせる(素朴な者にも不可能性を教えよというプロテスタンティズム/啓蒙主義)のは控える。
    • エリートは、伝える情報の量を伝える相手の状態に合わせて加減すべし。
  • 知らずに済めばそのほうが良い」という判断を誰がするかという人称性が問題。
  • 知ると高い確率で不幸になるが、知りたいか」という看板が各所に立っているような社会にするべし。
    • 克服不可能な恣意性(ソーシャル・デザイナーの決定の恣意性)の存在を「知りたければ知れる」ように開いて特定人称性を中和し、かろうじて民主制の体裁をとどめおく。
    • 理想的には、告知するか否かの判断は本人が事前にしておくべき。
  • [エリート/民衆]の二項じゃ足りない:マルチレイヤーのレイヤーごとに必要な民度を確保する
  • 多くの人びとが「真理の言葉」で偶発性を遮断しながら日常を生きる一方で、暗闇の天上ではソーシャル・デザイナーが「機能の言葉」のみを激烈に応酬しつつ過剰な偶発性に晒されながら闘争する。
  • 日本でも、エネルギーはなけれど方向性を知る知識人が、エネルギーだけで方向性を知らない大衆を方向づけることが承認されてきた。
  • 若げのいたりで激烈な左翼に耽ったその先、公に満ちた偉丈夫になるか、エゴに満ちたヘタレになるか。
    自分の頭で考えて公の方向に献身する人間になれるか、自分の脆弱な自尊心を保つべく汲々とする人間に堕するか。
アンカー【じんかく 人格システム的再帰性】
アンカー【しんがく 神学と社会学】
  • 神学社会学に見るウロボロスの蛇
    • 社会学者:自分の理論図式のなかに神学を位置づけるゆえ、社会学のほうが全体性に近いとみなす。
    • 神学者全体性に近づきたがる社会学者の実存の宗教的意味について研究するゆえ、神学のほうが全体性に近いとみなす。
アンカー【しんじんるい 新人類世代】
  • 新人類=オタク第一世代
  • 原新人類世代:これから政治闘争だぞというときに、祭りが終わってしまった。
    そこで、勢いあまって「不可能性への志向」という本来の意味でのロマン主義から「政治からサブカルへ」とシフトした。
    『波状言論S改』
  • ガイナックス:オタクのなかで再生産されたオタク
  • → 世代
アンカー【しんゆう 親友】
  • 2001年以降の「援交第三世代」は親友同士でも詳しい話を打ち明けなくなった
  • 若い世代では「親友」という概念が僕ら世代と随分違います。彼らが言う「親友」は、悩みを相談する相手というよりは、慎重にトラブルを回避しなければならない相手であり、僕ら世代が言う「友達」にあたります。
    『こころ「真」論』
  • ネットの最大の問題点がここに現れている:
    オフラインとオンラインとにコミュニケーションが二重化することによって、強烈にぬぐえない疑心暗鬼がつきまとう
アンカー【しんり 「真理の言葉」】 
アンカー【ステイトマン】
  • 自らの見識と信念で政策を述べる者。
  • 政治
アンカー【ステークホルダー】
  • 企業活動・行政・NPO等と関連する、あらゆる関係者
  • イジメについては、親も教員もステークホルダー(利害当事者)だから調査する資格がないし、調査しても無意味だ。守秘義務がある第三者を入れるしかない。加えて、聖域化が状況隠蔽的に機能する。ならば、市民社会と同じ原則を適用するしかない。
    『「世界」はそもそもデタラメである』
アンカー【スプレマシー】(卓越性)
  • スプレマシー競争」:プラスアルファをめぐるゲーム
アンカー【スマート化】 
アンカー【せいかつ 生活世界】
アンカー【せいかつ 生活世界の空洞化】
アンカー【せいぎ 正義】
  • 万人が合意可能な「公正としての正義」の観点から問題を裁断できると考える者が多いが、それはありえない。
    『波状言論S改』
  • 社会学者にとって、正義は「非自明だが、縮減力が大きいので必要不可欠」といえる特殊な社会形象です。いわば「不可能なのに不可欠」なのが正義。
    『大澤真幸THINKING「O」第8号』
  • ウルトラマンとかウルトラセブンの脚本を担当された沖縄出身の金城哲夫さんは、「悪は実は悪ではないし、正義は実は正義ではない」というメッセージを、子どもたちに一生懸命伝えようとしていました。
    『アメリカン・ディストピア』
アンカー【せいじ 政治家】
アンカー【成熟した社会 せいじゅくしゃかい】
アンカー【せいせい 聖性】
アンカー【せいとうせい 正統性】
  • 社会的承認可能性。自発的な服従契機。
  • 奪人称性
  • 正統性の根拠:自分たちがずっとそれで生きてきたという事実。
    が、そこで「事実性」として参照する過去は、任意の過去でしかない。
  • 選挙、多数決、試験選抜。
    これらはいずれも、「彼ら」がソーシャル・デザイナーだという恣意性を、奪人称化によって自発的に受容可能であるものにする、正統化装置。
アンカー【せいとうせい 正当性】(中身の正しさやもっともらしさ)
アンカー【せかい 世界】 
  • 社会の原初的段階では〈世界:ありとあらゆる全体〉=〈社会:コミュニケーション可能なものの全体〉だ。やがて〈世界〉は〈社会〉より大きく、〈世界〉にはコミュニケーション不能なものがあると見倣され始める。
    『「世界」はそもそもデタラメである』
  • 社会の原初的段階では〈世界〉=〈社会〉。
    やがて、〈世界〉は〈社会〉より大きく、〈世界〉にはコミュニケーション不能なものがあると見倣され始める。
  • 私たちは普段、〈社会〉内のポジショニングにあくせくしている。
    ところが、〈世界〉の不意な〈訪れ〉に遭遇した瞬間、〈社会〉という全体性が、それ自体「ありそうもないもの」として再把握され、〈社会〉内のポジショニングにあくせくして苦悩する自意識が癒される。
    世界〉の〈訪れ〉による癒しは、相対化よりも、「規定されたものの未規定化」に由来する。
  • 科学主義や論理主義を徹底したときに出現する、他なるものによって意味づけ不可能な端的な事実性こそが、〈世界〉の根源的未規定性です。たとえば、なぜ〈世界〉があるのかという問いは、根源的規定性を露呈させます。
    『サブカル「真」論』
  • 〈社会〉を生きるべき根拠が〈世界〉の中に見つかるだろうか。ナンセンスな問いだ。〈世界〉は根源的な未規定性としてしかあり得ない。〈世界〉の中に何か根拠が見つかるはずがない。しかしまさにそのことが人に動機づけを与えうる。
    『絶望・断念・福音・映画』
  • 世界〉が大きくて、その中に〈社会〉が小さくあり、〈社会〉の中で苦しくても〈世界〉に繋がれば耐えうるという感受性があれば、人は〈社会〉の自明性に埋没せずに済む。 http://j.mp/pkrgT0
  • どんな死に方が幸せか?僕の答えは「〈社会〉に関わって生きてきたこと自体を福音だと感じながらも〈世界〉の中に直接たたずんで死んでいくこと」。幸せな事も不幸な事も、不思議な影絵のようだと感じながら〈世界〉に帰ろう
    『14歳からの社会学』
アンカー【せかいたいけん 世界体験】 
  • 社会システムの関数自体から逃れるすべはない。
    世界>の法則性の記述でさえ、<世界体験>の一つでしかない。
  • 我々は<世界>を知ることは、論理的にできない
  • → 社会システム
アンカー【セカイ系】
  • ライトノベルズに独特な傾向
    • 「自分の謎」の解決を「世界の謎」の解決と短絡的に同一視する
    • 「世界の謎」に「世界の謎」として向き合う余裕がない
    • 対人的な「等身大のコミュニケーション」と、それより広い「社会大のコミュニケーション」という二項対立があるだけ。
  • いまどきの鋭い高校生は、政治や経済(表層ゲーム)にかまける。
    目に見える現実を重視しすぎで、デプスの感覚がない。
  • セカイ系というと、引きこもり少年の鬱々とした日常を埋め合わせるサブカルチャーという巷間の理解ですが、ポストモダンの本質=「〈自己〉の時代」を理解しておらず、甘い。むしろビンラディンやブッシュの問題なのです。
    『愚民社会』
  • セカイ系」とは、「自分の謎」の解決が「セカイの謎」の解決に直結するような意味論の形式を持った、『新世紀エヴァンゲリオン』を出発点とする作品群(またはそれら作品群の意味論)のことです。 http://is.gd/d7MKQ
  • セカイ系」は「ここではないどこか」を追求し、その意味で「異世界」に遊ぶオタク文化の正統ですが、その「ここではないどこか」にはもはや人間がおらず、いても壊れています。 http://is.gd/d7zeP

  • → 「サブカルチャー研究」について集めたページへ
アンカー【せだい 世代】 
アンカー【せっけい 設計に次ぐ設計】 設計者の世代交代
  • 教育設計
  • ソーシャル・デザインはうまくやっても成功しない。
    でも、ソーシャル・デザインをしないという選択肢はありえない。
  • ソーシャル・デザイナーたりうる人材の、選別動機づけを通じたリクルーティングが、継続的に作動しなければならない。
  • 設計は次なる反省的設計へとつながるしかない。
    一代の設計者で完結することはありえず、「有能な」設計者が次から次へと生み出されないと、社会システムは袋小路に入る。
  • プログラミングが不可避的に失敗することを解消するために、たえず人間を入れ替える。
    人事による、プログラムの失敗回避もあり。
  • 「適応」と「適応力」をめぐって、堂々めぐりの議論を続けていくことこそ現代に必要。
アンカー【せつぜん 截然】
  • 区別がはっきりしていること。
アンカー【せんざいせい 潜在性の思考】 
アンカー【ぜんたいせい 全体性】 
アンカー【せんたく 選択】
アンカー【せんぱん 戦犯】
  • 象徴天皇制の形でかろうじて国体を護持するために、A級戦犯に罪をなすりつける嘘が要求された。
  • 悲劇の共有」の契機を忘却し、A級戦犯は悪くなかったとベタに言う政治家が登場するが、その意味で彼らは売国奴なのである。
アンカー【そうききょういく 早期教育】
  • 真の早期教育があるとすれば、「目から鱗が落ちた」「聞くと見るとは大違い」「世評の大半は勘違い」という経験を、どれだけさせてあげられるか
  • 単に知的な「目から鱗」より、それを手段とする感情的・感覚的な「目から鱗」こそが大切
    感情や感覚の幅が狭いままだと、他者を幸せにすることを通じて己も幸せになるという道を培いにくくなる
     → 感情教育
アンカー【そうたいしゅぎ 相対主義】
アンカー【そうたいせい 双対性】
  • 一方を決めると他方も自動的に決まる関係
アンカー【ソーシャル・デザイナー】
  • 免疫
  • ソーシャル・デザインにたずさわれるのは、エクスパティーズ(専門技術)をもつ少数者のみ。
  • アーキテクチャーの真の意図を知っているのは、デザイナー(設計者)だけ。
  • 永遠の梯子外しゲームに耐えねばならないソーシャル・デザイナー
    特殊な鍛錬を経た人材であるべき。
  • 設計者は匿名的存在、もしくは記名性奪人称化された者であるべし。
  • 記名性奪人称化
    • 最低限の必要条件:「ダメ連」にも〈オタク〉にも見えないデザイナー
    • 「じつはソーシャル・デザイナーミメーシスを起こせる偉丈夫だった」というフレームで印象操作。
    • デザイナーの背後にもデザイナーを配置。
      リスク・ヘッジを考えると、イザというときには、このデザイナーも偉丈夫に見えるほうが良い。
    • 説得の窓口から、窓口の設計者まで含めて、特定人称性を逆手にとる戦略。
  • 逃げ切り的モラルハザードを回避するにも、獲得性ハビトゥス涵養を含めたエリート教育が重要。
  • 安易に変化を起こそうとするデザイナーに対し、多くの人間の「感情的安全」を脅かす権利があなたにはないのだと突きつけていくことが重要。
  • ソーシャル・デザインが一部のエリートだけによってなされるという事実(一人称性)を、感情的動員を通じて不可視にせよ。
  • 設計者自身がシステムのなかの入れかえ可能なパーツで、別の設計者といくらでも取りかえが効く
アンカー【ソーシャル・デザイン(社会設計)】
アンカー【ゾーニング】
アンカー【ゾーニング 欧州】
アンカー【ゾーニング 米国】
  • アメリカ
    個別にはゾーニングされていなくとも、国家、社会という大きな枠のなかではゾーニングされている。
アンカー【そこ 底が抜けた】
  • 宮台のターム。
    それ自体はいかなる価値根拠とも無関連であるはずの社会システムの定常性(社会が然るべく回っていること)、その端的な事実性が昨今はあやしくなってきた、そのことを指して言うらしい。
  • 社会の底が抜ける:どんな社会にも、社会がその形をとるべき必然性はない。
    その根本的な恣意性を乗り越えてなんとかやっていく、その仕組みが、壊れた。=<システム>の全域化により<生活世界>が空洞化した
  • 社会を形成する同意の基盤・プラットフォームが、実はすんごく恣意的なものだったんですよということがあらわになること。
  • 「人を殺してはいけない理由」を大人たちが論じ合うこと自体が、すでに「底が抜けた」状況に巻き込まれていることを意味します。
    『学校が自由になる日』
  • 近代社会が「底が抜けて」いるのを明らかにするのが「現代思想」だとすれば、まったく逆に近代社会に「底を与える」ことを目的としたのが「近代思想」でした。
    『サイファ覚醒せよ!』
  • 踏み抜き →再帰性
  • 底が抜けて複雑化し「よくわからない」状態になった社会が「成熟した社会」。
    → 「成熟社会」
アンカー【そぼく 素朴さ】
  • 複数多様な視点をかかえきれずに、自分がかかえた視点だけでやっていけると信じているさま。
  • 素朴な真理性を前提にする者は「キミは真理クンなんだね」で処理されてしまう時代。
  • 成熟社会が一筋縄でいかないような複雑性をあらわにするにつれて、人は「素朴さ」を抱えたままでは生きにくくなる。だから「どうせ世界はこんなもの」という脱臼に、事前に慣れておこうとする。でも、解毒剤をどんなに消費しても、毒を生むシステムとマッチポンプの関係に入るだけで、なにも変わらない。
  • 日本には、単にコミットするだけの素朴に情緒的な輩と、単に高みの見物を気取るだけの素朴に理性的な輩が多すぎます。
    『社会システム理論 不透明な社会を捉える知の技法』
  • 数多ある他のゲームの存在を知りつつ、美学としてそのゲームをする人びともいます。彼らは素朴にでなく、再帰的に遂行する。反省的な意味や無意味を自覚しつつ、あえてやる。
    『幸福論』

  • サブカル畑ではあるが、昔から素朴に社会に参与してしまっている大塚英志。

→幸福論remix 目次





幸福論remix 「失敗 試行錯誤」

宮台真司bot

→幸福論remix 目次

【しっぱい 失敗】:学習経験と試行錯誤
  • 「どんどんチャレンジしなさい」と言うクセに、子供が失敗すると怒る親がいます。そういう子供は「チャレンジしろ」と言われていても、成功しないと承認してもらえないから、安全パイばかり選ぶようになります。
    『これが答えだ!』
  • 僕の経験では、宗教に勧誘されやすい社会的成功者は、失敗を恐れるタイプばかりです。
    『これが答えだ!』
  • 失敗を恐れると試行錯誤しにくくなりますから、大人たちが安易に成功を望まず、むしろ失敗を奨励する必要があります。
    『学校が自由になる日』
  • 子供自身にカリキュラムを作らせ、そのとおり振る舞ってもらう。失敗したらやりなおさせる。これは子供に失敗してもらうシステムです。たとえ不快な学校生活が一年続いたとしても「おまえの選択が失敗しただけ」それが非常に重要です。
    『透明な存在の不透明な悪意』
  • 試行錯誤するほど自立型尊厳が強化されます。すると「失敗しても平気」「恐くても大丈夫」と思えるようになって、さらに試行錯誤に乗り出せます。するとますます自立型尊厳が強化され、人は荒野に乗り出せるようになります。
    『人生の教科書』

  • 人生は品物を買うのとは違う。ラクして幸せになれる人生はない。だから「失敗する勇気」が必要なんだ。
    『中学生からの愛の授業』
  • 感情をコントロールできるようになるには、自分自身での経験が絶対に必要なんだ。経験を重ねるということは、失敗を重ねるということだ。失敗を重ねるうちに、だんだん失敗しなくなっていく。
    『中学生からの愛の授業』
  • 人生だったら、必ず「失敗で得られる財産」がある。だいいち失敗から学んだり立ち直ったりした経験のない人は、年老いて死ぬときに振り返って「いい人生だった、充実した人生だった」って思えないと思う。
    『中学生からの愛の授業』

  • 今の日本はダメな社会です。「頑張ったら幸せになれるよ」とばかり言うけれど、「頑張って失敗した人」や「いろんな理由があって頑張れない人」の幸せについて、自分がそうした人になる可能性も含め、誰も何も考えない。
    『格差社会という不幸』

→幸福論remix 目次







幸福論remix 政治家

宮台真司bot

 話をする上で、他分野との用語のすりあわせが必要なのかな、と、こさえた自習メモ。
 門外漢にはいろいろ耳慣れぬ表現のオンパレードではあれど、 よく見ればなじみの概念が頻出する書籍 『幸福論』 をベースに。 

→幸福論remix 目次

【せいじ 政治家】
  • ポリティシアン「政治屋」
    • 人の顔色を伺い自身の意見を述べず、「挙手するだけの議席要員」。
  • ステートマン「政治家」
    • 自らの見識と信念で政策を述べる ~宮崎
  • 民度の低い社会で、政治家が果敢な振る舞いをすれば、そもそも行政官僚が勝利する社会システムだから、果敢な政治家が放逐されます。
    『地震と原発 今からの危機』
  • 参加意欲をもつポリティシャン(政治屋/NPO含め)がそれなりに出てくるように、ステイトマン政治家)がアーキテクチャーをうまく設計すべし
  • 通念ではソーシャル・デザイナーが政治屋だが、正しくは逆。
  • ポリティシャンが行うゲームに対し、ステイトマンメタゲームをおこなう。
  • 「市民は法を守るべき義務を負うが、政治家は法を守ることが意味を持つ社会を維持するべく、時に応じて脱法すべき義務を負う
    → ウェーバー
  • 行政官僚は既存のプラットフォームがあって初めて業績が評価される。政治家は既存のプラットフォームを改変しようとする。たかが行政官僚に過ぎない特捜検察のあげつらう疑獄を、国民は真に受けてはいけない。
    『朝日ジャーナル日本破壊計画』
  • 政治家はクリーンな方がベターです。でも、クリ一ンで無能な政治家と、ダーティで有能な政治家と、国民はどちらを選ぶべきか。答えは自明。無能な政治家に従えば、市民倫理に意味を与える社会自体が滅びます。
    『朝日ジャーナル日本破壊計画』
  • 政治家にクリーンさを過剰期待するのは、国民の未成熟さの表れ。政治家は「手を汚す」ことを辞さぬ存在たるべきと徹底的に理解した上で「手を汚さぬようチェック」でなく「汚し方の適切さをチェック」するのです。
    『朝日ジャーナル日本破壊計画』
  • 政治家や官僚がズルいことを批判しちゃダメなんだよ。批判できるのは「ズルさを国民のために使え」ってことだけ。みんなの利益のためにズルさを使ってくれる政治家や官僚をたくさん生み出さないと、日本の将来はないよ。
    『中学生からの愛の授業』
  • [政治家は]堕落したくないなら、安易に陳情に応じてはいけません。陳情は「ああしてくれ、こうしてくれ」という依存です。「こういう施策、政策はどうか」という「参加」ではありません。
    『民主主義が一度もなかった国・日本』

→幸福論remix 目次



幸福論remix 生活世界

宮台真司bot

 話をする上で、他分野との用語のすりあわせが必要なのかな、と、こさえた自習メモ。
 門外漢にはいろいろ耳慣れぬ表現のオンパレードではあれど、 よく見ればなじみの概念が頻出する書籍 『幸福論』 をベースに。 

→幸福論remix 目次

【せいかつ 生活世界 生活世界の空洞化】
  • 生活世界=縁故規範
    • 金や数値では割り切れない、縁故的互助のお付き合いの世界。
      匿名ではない地元世界。
    • 「善意&自発性」優位のありようで行ける世界。お約束。
    • 「まともな人間になる」という自己陶冶をもたらす世界。
    • 生活世界の原理 → バックボーン
  • → システム → 帰る場所 → 郊外
  • 長期取材で分かったことの一つは、人口20万人が匿名性の分水嶺だということである。これ以下の人口だと、街を歩く際に高い確率で知り合いに見られてしまうのだ。
  • 生活世界の空洞化
    • 再帰性 が 先鋭化する
      システム>の全域化によって<生活世界>が空洞化すれば、個人は全くの剥き出しで<システム>に晒される 。 経済が回らなくなると、個人が直撃される。守ってくれる地域や縁故がない状態。
    • 生活世界〉における関係性のなかで与えられていた自己記述が得られなくなり、メディアやカウンセラーなどから提供されるようになる。
    • 〈生活世界〉が空洞化すると〈システム〉の正統性が危うくなる。「われわれ」が選んだ〈システム〉という踏まえが無くなる。
      正統性奪人称性)の不全は、正当性(内容的なもっともらしさ)で埋め合わせて対処する。
  • 空洞化対策
    • 「地域の空洞化」「家族の空洞化」に抗う唯一現実的な戦略は、「学校をてことした地域おこし」
      → バックボーン
    • → 日本の自立

→幸福論remix 目次



幸福論remix 宗教

宮台真司bot

 話をする上で、他分野との用語のすりあわせが必要なのかな、と、こさえた自習メモ。
 門外漢にはいろいろ耳慣れぬ表現のオンパレードではあれど、 よく見ればなじみの概念が頻出する書籍 『幸福論』 をベースに。 

→幸福論remix 目次

【しゅうきょう 宗教】
  • 宗教とは「前提を欠いた偶発性」に馴致させる仕組みのことです。端的なこと、条件をつけられないこと、どうにもならない不条理を、受け入れ可能にするメカニズムの総体が宗教であるということです。
    『日本の難点』
  • 宗教とは、たとえば近代科学を徹底的に押し詰めることで露わになるような「世界の根元的な未規定性」を、いわばバーチャルに覆い隠すために、無害なものへと加工する社会的メカニズムです。
    『サイファ覚醒せよ! 世界の新解読バイブル』
  • 全体性への志向をもつと、必ず「世界」には「端的なもの(たち)」が見つかります。「端的なもの」を受け入れる場合には、無害なものへと加工して受け入れるんです。そこに宗教性が巣くう。
    『サイファ覚醒せよ! 世界の新解読バイブル』
  • 「バッシングによる排除」は最も危険なやり方です。宗教教団を「社会の外」へと排除すると、「社会」と敵対しはじめる危険さえあります。宗教史が示すように、「社会の外」であるがゆえに吸引される人々が大量に参入します。
    『リアル国家論』
  • TVのコメンテータが「こんな反社会的宗教に、いまだに若者が入るんだ」と嘆いているでしょう。馬鹿だと思いませんか。そうやってお前が「社会の外」へと排除するから「社会の中」に居場所がない若者が吸引されるんじゃないか
    『リアル国家論』
  • 宗教的な煩悶吸収装置があれば、パブリックな政治コミュニケーションに自意識が漏れ出さずに済む。だが日本には装置がない。
  • 日本人は宗教のヤバさがわかってない。自然条件の豊かさもあって、宗教が「社会のなか」で人を救うよう機能してきた日本は、現世で御利益を与えてくれる「都合のいい神」ばかりです。
    『これが答えだ! 新世紀を生きるための108問108答』
  • 結局、我々には何か突きつけてくるという宗教的存在がないんですね。つまり「自分たちはこの生活でいいのか」と突きつけてくる「疑いのエンジン」がないんです。宗教学では「超越の契機がない」と言う。
    http://j.mp/pkrgT0
  • 宗教には二種類ある
    • 第一は、前提を欠いた偶発性に対処可能な行為(マジナイや呪術〕を指し示す〈行為系〉宗教
       現世利益追求型の「幸せになりたい」的な宗教
    • 第二は、前提を欠いた偶発性を受容可能な体験様式(心や体の構え)を指し示す〈体験系〉宗教
       自己意味追求型の「ここはどこ?私は誰?」的な宗教
      • 〈体験系〉宗教は、〈修養系〉と〈黙示録系〉とに分かれる。
      • 〈修養系〉:〈世界〉のあり方は自分次第だと捉え、自分を調整しようとする(自己極大化戦略)。
      • 〈黙示録系〉:〈世界〉のあり方を宿命だと捉え、宿命の下での自らの使命の自覚を試みる(自己極 小化戦略〕。
  • 救済宗教にも癒し宗教と世直し宗教があります。霊的救済宗教と社会的救済宗教とも呼びます。癒し宗教の潜在機能はマリノフスキー流に言えば所詮世俗的な統合機能ですから、私には関心がありません。
    『システムの社会理論』
  • ユダヤ教は 「いまだにメシア現れず」。
    キリスト教は「イエスこそ唯一のメシア」。
    イスラム教は「ムハンマドこそ最後のメシア」。
  • ユダヤ教、ヒンズー教は民俗宗教
    キリスト教、イスラム教、仏教は世界宗教  マニ教も
  • 原罪を贖える(既に腰われた)と見倣すことで無害化するキリスト教
    永久に贖えないと見倣すことで無害化を回避するユダヤ教
  • 欧州は、叙任権闘争からウェストファリア条約に至る宗教的権力の囲い込みの歴史ゆえに、キリスト教的な〈個人性〉が米国ほどではない。
  • 世直し宗教/癒し宗教 宗教的世直しの不可能性と不可避性
    • 宗教者であれば、恣意的な排除と選別がもたらす悲惨を見て見ぬふりはできない。霊的救済がむしろ理不尽な体制の温存を補完するという事実に目をつぶることもできない。ゆえに宗教的世直しに乗り出すことは当然なのだ。だが、宗教的世直しは宗教的に正当化できない。
      だから「宗教的世直しの不可能性と不可避性」というアンビバレンスに耐えるしかない。
  • 現世信仰/来世信仰
  • 社会的救済/霊的救済
  • 科学が世界を説明できるようになればなるほど、宗教が要らなくなるというふうに思う人が多いですよね。でも、社会システム理論は、まったくそうは考えません。
    『サイファ覚醒せよ! 世界の新解読バイブル』
  • 社会学では「地位代替機能」と呼びますが、世の中を生きにくい人たちが、現実で上昇できない分、宗教において上昇しようとするという形で、願望をイマジナリーなものに取り替える。
    『精神医療』
  • 宗教が人を救えるのは、宗教が社会より大きいからです。
    『M2われらの時代に』
  • 宗教者は、宗教は社会よりも大きく宗教学は社会学よりも大きいと考える。社会学からすれば、そうした思考自体が社会システムの「内部イメージ」。社会学者にとっては社会は宗教よりも大きく、社会学は宗教学よりも大きいのです。
    『思想地図3』

→幸福論remix 目次



幸福論remix 全体性

宮台真司bot

 話をする上で、他分野との用語のすりあわせが必要なのかな、と、こさえた自習メモ。
 門外漢にはいろいろ耳慣れぬ表現のオンパレードではあれど、 よく見ればなじみの概念が頻出する書籍 『幸福論』 をベースに。 

→幸福論remix 目次

【ぜんたいせい 全体性】 
  • 何が全体性であるかを先験的に言うことはできない。
  • 機能の言葉」の集塊から全体性を考える 一七世紀の啓蒙学派:
    部分の真理性を積み重ねていくことによって最終的には全体の真理に到達できるとみなす
  • 「全体性を参照する」としても、ジグソーパズルのピース1000個で全体の絵に辿り着くのではなく。
    人によっては、たった10のピースがアレゴリカルな星座を「瓦礫のなかに瞬時浮かび上がらせる」

  • 授業に平気で三〇分以上遅れてくるとか(廣松渉先生)、授業に酔っぱらってやってくるとか(小室直樹先生)は、僕らにとっては全く問題じゃなかった。破天荒ぶりの背後にある強烈な全体性への志向に、心酔していた。
    『限界の思考』
  • 今日の社会学から「全体性」が失われて久しい。個別領域への穴籠りが進み、異なる穴の住民同士では言葉さえ通じにくくなった。それに並行して、一般理論志向が失われ、理論社会学は低迷している。
    『21世紀の現実 社会学の挑戦』
  • 社会学者マンハイムの言葉で言えば、トタリテート全体性)を見渡す存在が知識人を含めていない。
  • 「完全なる承認」幻想は、もともと宗教と性でしか得られないものだが、いまや宗教も性も全体性を失い機能不全状態にある 。
    『波状言論S改』
  • 「いったいこの世界は何なのか」と考える人たちは真面目に全体性を志向し、「人を殺してはいけない理由はない」という結論に達する。
    『少年たちはなぜ人を殺すのか』
  • 全体性」「超越性」「ナショナルなもの」「宗教的なもの」「神秘的なもの」を、単に冷笑したりバカにするようなやりかたでは、逆にキッチュなナショナルに惹かれる危険に対処できなくなるのではないか。
    『天皇と日本のナショナリズム』
  • 全体性への志向の危険な短絡を避けるための、意味論的な思考訓練の場として、カルスタ的ならざる社会システム理論的なサブカルチャー研究がきわめて有効です。
    『限界の思考』
  • 本書は辛うじて全体性を触知できた最後の時代の空気を如実に伝える。
    『増補 サブカルチャー神話解体』
  • 全体性への志向をもつと、必ず「世界」には「端的なもの(たち)」が見つかります。「端的なもの」を受け入れる場合には、無害なものへと加工して受け入れるんです。そこに宗教性が巣くう。
    『サイファ覚醒せよ!』
  • トタリテート全体性)を希求する人間たちは、絶対に安易であってはならない。
    『サイファ覚醒せよ!』
  • 社会が複雑になるほどわれわれの経験領域は局域的・部分的になり、全体性から遠ざかります。その際に先人たちの智恵を受け継がないで、どうやって全体性にアクセスするのでしょう。
    『こころ「真」論』
  • 西ヨーロッパはゾーニングを求める権利を認めないのではない。ホールディングしているのです。権利はあっても行使し過ぎると、社会的全体性が見えにくくなり、不安神経症的な人間が生まれるからです。
  • 真理の言葉」は、社会的文脈の分岐によって全体性から見放されていく一方で、心理的な安定化の機能を発揮し続ける。「機能の言葉」は、全体性への近接と引き替えにカタルシスを犠牲にすることで、心理的に人々から遠ざけられ、カルト化する。
    『21世紀の現実 社会学の挑戦』

  • 社会学は社会的全体のなかでの科学的営みの位置を論じ、科学論は科学的営為として見た場合の社会学の位置づけを論じる。この全体性をめぐる「決議論」は解決不能です。

  •  →ウロボロスの蛇

→幸福論remix 目次


 


幸福論remix 世代

宮台真司bot

→幸福論remix 目次

【せだい 世代】 
  • オタク →セカイ系 →新人類世代 →親友
  • デプス  →虚構の現実化 →少女漫画
  • パプリック・ディスカッション →契約ゲーム
  • ハイパー・メリトクラシー →日の丸・君が代

  • 日本では、タカが世代的な思い出に過ぎぬ「典型家族」にエゴイスティックに固執する「正論」的馬鹿オヤジこそが、社会を崩壊させてきた。
    『ナショナリズムの作法』
  • 僕たち新人類世代は、これから政治闘争だぞというときに、押井守が言うように「祭りが終わってしまった」。そこで、勢いあまって「政から性へ」シフトしたのです。
    『波状言論S改』
  • 日本では、買春をタブーとする伝統は全く存在しなかったのに、純潔教育、良妻賢母教育のおかげで、「男が大人になれば女を買うものだ」ということが、少女(日本の40~50代の主婦)の側から見通せなくなってしまった。
    『学校を救済せよ』
  • 96年をピークに援助交際ブームが去ったのは、援交が自意識の問題だってことがバレバレになったから。いま援交してると痛くもない腹(自意識)を探られちゃう。
    『われらの時代に』
  • 「〈生活世界〉を生きる我々が、便宜のために〈システム〉を利用している」という自己理解が不可能になるのが「ポストモダン社会」です。汎〈システム〉化によって〈生活世界〉も〈生活世界〉を生きる「我々」も〈システム〉の生成物に過ぎないと。
    http://is.gd/d7MKQ
  • 子供の塾通いや家計の教育費が増加に転じるのが75年前後。母原病や家庭内暴力が話題になるのが70年代後半で、心の教育や創造性教育が「大衆化」する時代です。
    http://is.gd/dhj7E
  • 70年代に入ると先進各国は消費社会化を背景に少子化が進みます。子どもが「耐久消費財」の一つになり、数多ある耐久消費財と機能的等価項になります。子がなくても楽しい人生が送れるという発想に変わるわけですね。
    『格差社会という不幸』
  • 専業主婦への過剰負担が耐えうるものだったのは、メディアと結びついた郊外家族・団地家族のバラ色の夢があればこそだった。実際、この種のロマンチシズムが崩れるにつれて、過剰負担に伴う問題が噴出してくる。
    『まぼろしの郊外』
  • 高齢者所在不明問題、児童虐待放置問題。40年前の日本ならこうした放置問題はあり得なかった。分水嶺は僕の見るところ「隣人訴訟」が問題になった79年あたり。以降、何かというと行政という呼出線を使って恥なくなる。法化社会の始まりです。
    http://is.gd/g55LE
  • 団塊ジュニア世代になると、自分で何かを模索した結果たがいに分化していくのではなく、先行世代がバラバラに分化させたリソースのなかからたまたま出会ったものにくっつくようになります。「それ」を選ぶ必然性はない。
    『ネット社会の未来像』
  • 若い世代では「親友」という概念が僕ら世代と随分違います。彼らが言う「親友」は、悩みを相談する相手というよりは、慎重にトラブルを回避しなければならない相手であり、僕ら世代が言う「友達」にあたります。
    『こころ「真」論』
  • 僕と同世代、あるいは、少し下になると、どんどん叱れなくなるんですね。なぜかというと、まず感情を乗せ、感情を暴発させた経験がないので、自分の感情の幅がわからないから、叱るのが不安なんですね。
    『透明な存在の不透明な悪意』
  • 「旧社会」の賢者なら感情的になったフリをして相手からゲインを引き出すのに、「新社会」の馬鹿は、感情的ショートカットで「気分スッキリで、墓穴を掘る」。
    『ナショナリズムの作法』
  • 明らかに若い人たちの「意味」の読解力は落ちているし、作り手の側の意識も落ちている。
    『波状言論S改』
  • ゆとり世代は問題大ありだよ。勉強に関して言えば、「なぜ勉強するのか?」という動機が「親の承認」になってるんだ。「一生懸命勉強すれば、パパやママが僕を認めてくれるから」というわけだ。
    『中学生からの愛の授業』
  • ゆとり世代には「メンヘラー=病み系」が多いね。精神の安定がなく、勉強ができたりスポーツや音楽の才能があったりする子も、ちょっと環境が変わるとメチャクチャになる。ノイズに弱くて、雑多な環境への適応力がない。
    『中学生からの愛の授業』
  • 昔は、ぼくの父のような旧帝大生を含めて、勉強のできる人間がコミュニケーションも上手なのは当たり前だという通念がありました。これも崩れてしまったわけです。
    『幸福論』
  • 86年生まれ以降は構えや雰囲気が以前と違う。スーパーフラットな法化社会に生まれ、激動の95年(大震災やオウム真理教事件や援交フィーバー)をリアルに記憶せず、96年以降のノイズレス&スーパーフラットな街が自明、ということでしょう。
    http://j.mp/pkrgT0
  • もはや結婚しないのはノーマルなことで、全然異常ではなくなりました。そのため、かえって正当化しやすくなっています。加えて、90年代後半から、生身の女とつきあわないことが以前ほどトラウマにならなくなりました。
    『格差社会という不幸』
  • 「プライド」ばかり高くて「自己信頼」が低い人々が増えてきている。
    『天皇と日本のナショナリズム』
  • 90年代に入るとストーカー現象が「偏差値の高いところから低いところへしたたり落ちた」。専業主婦が子どもを抱え込む度合いの増大と、日本的学校化の進展がシンクロする。それが、「ストーカーのしたたり落ち現象」の背景になります。
    http://j.mp/iqjp87
  • 90年代半ばから、入部理由が「ダイエットになるから」。サークルに入っても「我々」という主語が成り立たない。「地区大会で優勝するため一丸となって」とかはあり得なくなって、自分に必要がないことは一切やらないと。
    『思考のロバストネス』
  • 10年ほど前から高偏差値大学における学生の読解力が著しく下がってきました。僕は一貫して長文回答の記述式試験を施してきましたが、解答レベルの低下には目に余るものがあります。
    『日本の難点』
  • 96年頃を境に学生のレベルが極端に落ちはじめます。とりわけ「自問自答形式:自分で適切な作問をして回答せよ」という試験の成績がありえないほど低下しました。彼らは「幸せ」になる力が極端に落ちてきています。
    『格差社会という不幸』
  • 僕の経験では、九六年頃を境に学生のレベルが極端に落ちはじめます。同じ教材を使ってもゼミの討論が不活発化し、サブゼミ・グループワークもうまく行かなくなって、僕は授業形式を変えました。
    『格差社会という不幸』
  • 世代が若くなるほど、その世代で最も能力のある本来は影響力をもちうる人が、パブリック・ディスカッションの場所に出てこなくなったと感じます。これは日本的な現象ですよね。
    『幸福論』
  • 通過儀礼への要求は続いているけれど、少し以前とは違うステージに入ったと感じます。昔であれば引きこもりは引きこもりに見えたけれど、今は引きこもりに見えない人が心的には退却している。そういう時代です。
    『atプラス05』
  • 今や、「自分たちは今こういう社会を生きていると誰もが思っているはずだ」という社会的共通感覚は期待できない。誰かが「オレは社会を知っている」と言ったとしても、「お前がそう思っているだけだ」と嘲笑されるんですね。
    『少年たちはなぜ人を殺すのか』
  • 参照される思想家の名前が更新されない。昔は作家がアドボケーター(価値の唱道者)たりえました。それがだんだん難しくなり、今や「社会や人々に訴える人である」という公共的なスタンスを取ると「イタい」と。
    『思想地図3』
  • 「現実など所詮はその程度」と構えて前に進むのが普通になった。かけがえがないと思ったものも結局は反復に過ぎないという指摘が、今は、衝撃を与えない。現実が与える期待外れに対して免疫化が進んだ印象です。
    『atプラス05』
  • 昨今は「ウマク生きること」と「マトモに生きること」とが乖離するのです。ウマク生きようとするとマトモに生きられない。ところが大人たちは「ウマク生きろ」と推奨する一方で「マトモに生きろ」と推奨する。ダブルバインドです。
    http://is.gd/d7Aes
  • 「現実には魅力がないばかりか、尊重するべき理由を見出せない」。私はこれを「脱社会的な感受性」と呼び、そうした感受性を持つ者を「脱社会的存在」と呼びます。犯罪に及ぶ者は極端な例外でも、こうした感受性が若者たちに広く拡がっています。
    http://is.gd/d7zeP
  • いまの若い連中には「社会にはデプスがあるけど、思春期である自分たちには若すぎて見えない。でも大人になるにつれて見えるようにならないと、バカを見る」という感覚がない。
    『幸福論』







→幸福論remix 目次



幸福論remix 成熟した社会

宮台真司bot

→幸福論remix 目次

【成熟した社会 せいじゅくしゃかい】
  • 意味や世界観がメンバーに共有されていなくても稼働しうるようになった社会。
    それまでの規模の社会(過渡的近代)でメンバーの動向をまとめる際には、シンボル含む共同体幻想の共有や、人生物語ステレオタイプの共有が活躍した。

  • 成熟社会とは「よくわからない」社会のことであって、決してユートピアではない。
    『これが答えだ! 新世紀を生きるための108問108答』
  • 巨大な欠乏が埋められた「成熟した近代」(=現代)においては、幻想の共有度合いが低下し、それに伴って社会の不透明性が増大し、実存を脅かされた人々が自明性の失われた幻想に固執しようとする。
    『まぼろしの郊外』
  • 成熟社会では、想像もつかないような感じ方や考え方や振る舞い方をする他人が溢れているのが、当たり前になります。
    『人生の教科書』
  • 「過渡的近代」では、教育の使命は「子どもに知識や価値を伝達する」と思われていたが、「成熟した近代」では、「子どもに知識や価値を伝達する」という枠組み自体が理論的に誤りであることが明白になってきた。
    『学校を救済せよ』
  • 社会が成熟すれば「立派な大人」なんていう観念はなくなるに決まってるんです。輝かしい未来がなくなるんだから。輝かしい未来がなくなったら、大人は「おまえ、何のためにそこにおんねん」ということになっちゃう(笑)。
    『透明な存在の不透明な悪意』
  • 「過渡的近代」だったら、子に責任をもとうとする親や教師は「こうすれば幸せになれるから、こうしなさい」と導いたものだが、「成熟した近代」では「こうすれば幸せになれるから…」などという大人は、無責任極まりないことになる。
    『学校を救済せよ』
  • 家族や地域が担った諸機能が市場や行政に肩代わりされるようになると、「システム」の外に「生活世界」があるとは考えられなくなる。何もかもが「システム」に登録されたように見えてくるのが近代成熟期
    『精神医療』
  • 近代成熟期は、〈システム〉全域化による〈生活世界〉空洞化を招き、価値の地面たる「我々」を断裂させる。
    『ネット社会の未来像』
  • 近代成熟期になって濃密な「生活世界」への関与を免除されると統合失調症が減少します。うつの多様化にしろ統合失調症の減少にしろ、人心の性能が変わらないのに社会的文脈が急変するから精神症状が出たり消えたりする。
    『精神医療』
  • 反社会性と言う場合には、何を社会性と見なすかに合意がなければいけない。ところが複雑な成熟社会では一枚岩の合意は不可能です。その意味で、精神科医の一部が平気で反社会性という言葉をお使いになる素朴さは大変驚きです。
    『人格障害のカルテ 理論編』
  • 「成熟社会」は二つの大きな変化をもたらす。かつての「過渡的近代」と違って、社会の進歩に共通の夢を託すよりも、個人個人が「終わりなき日常」を生きる知恵が重要になってくる。
    『学校を救済せよ 自己決定能力養成プログラム』

  • 参照 → 近代成熟期(日本的ポストモダン)


→幸福論remix 目次



幸福論remix システム

宮台真司bot

 話をする上で、他分野との用語のすりあわせが必要なのかな、と、こさえた自習メモ。
 門外漢にはいろいろ耳慣れぬ表現のオンパレードではあれど、 よく見ればなじみの概念が頻出する書籍 『幸福論』 をベースに。 

→幸福論remix 目次

【システム】 
  • システム〉とは「役割とマニュアル」が支配的な領域で、人も物も入れ替え可能な匿名世界。これに対し〈生活世界〉とは「善意と自発性」が支配的な領域で、人も物も入れ替え不能な記名世界です。
    『限界の思考 空虚な時代を生き抜くための社会学』
  • 縁故性を剥奪させた〈システム〉は「役割・マニュアル」優位のありようとなる。
    マニュアルにもとづいて「うまく生きる」遂行能力だけを要求する。
  • 私はこれまでにも「脱社会的存在は批判できない」と繰り返し書いた。〈生活世界〉を〈システム〉へと置き換えた昨今の社会は、かつてと違い、人々が脱社会的なままでも回るように変貌しているからだ 。
    『こころ「真」論』
  • 日本は〈システム〉の酷薄化と〈生活世界〉の消失が同時におきている
  • システは、人が孤独や孤立を恐れるという習性につけ込んできます。欠落感の因ってきたる所以を理解するにはシステムの選択肢に飛びつかないこと、そのためには孤独を恐れないことが大切です。
    『不純異性交遊マニュアル』
  • 家族や地域が担った諸機能が市場や行政に肩代わりされるようになると、「システム」の外に「生活世界」があるとは考えられなくなる。何もかもが「システム」に登録されたように見えてくるのが近代成熟期。
    『精神医療』
  • 社会の中で、上方移動がない状態で下方移動や並行移動が激しくなると、〈システム〉単体がパーソンシステムの感情的安全を脅かす蓋然性が増加してしまう。
  • 当初、私は、いわゆる保守論壇や、旧来の学校システムや家族システムにすがろうとする人を相手に、「アンタが地面だと思っているものは、実は地面ではない」と根拠を奪うことに専念してきました。
    『自由な新世紀・不自由なあなた』
  • 教師の資質も正規分布しますから、能力偏差値70の教師もいれば、50以下もいっぱいいて、それでもなお子どもは変にならないようなメカニズムを考えないといけませんよね。それが、システムの設計というものです。
    『学校を救済せよ』
  • なぜ社会悪とされるヘッジファンドの総帥をするのかと問われたジョージ・ソロスは「私がやらなくても誰かがやるから」と答えました。「誰かが必ずやる悪を、人に帰しても仕方ない、それはシステムに帰すべきだ」というソロスの趣旨です。
    『サイゾー2010/03』

  • システム/生活世界 とは 市場規範縁故規範 に近いか
     → 生活世界 → 生活世界の空洞化 → 市場規範

  • → 郊外 → 社会システム
アンカー【しゃかいしすてむ 社会システム理論】
  •  → 社会設計 
  • 社会システム理論の立場で言えば、<世界>を<世界体験>に変換する関数としてパーソンシステム(自我)や社会システム(社会)があるのだと考えられます。シュタイナーは関数を決まりきったルーティーンから開放しようとしました。
    『日本の難点』
  • 社会システム理論における機能主義: シフトが合理的に説明できるならば、対処も合理的になしうるはずだ、と思考する。
  • 社会システム理論は、パラドクスを消去した静止画のごとき状態を良き社会と見なす形而上学を激しく拒絶する。それは20世紀半ば以降のSF小説が「ユートピアはディストピアだ」との逆説的モチーフを繰返し展開してきたことに対応する。
    『21世紀のリアリティ』
  • 「何が人にとっての幸せなのか」についての回答と、社会システムの存続とが、ちゃんと両立するように、人々の感情や感覚の幅を、社会システムが制御していかなければならない。
  • 社会システムが回るために「市民」が必要なくなるのです。ディシプリンによって主体化された存在が要らなくなるのです。人間学的に陶冶された存在は必要なくなるということです。
    『徹底討論 私たちが住みたい都市』
  • 近代社会に自然と人為の二項対立はあるのか。社会システム理論の結論は「二項対立はあり得ない」というもので、そこからアンソニー・ギデンズの「再帰性」という有名な概念が出てくるわけです。
    『徹底討論 私たちが住みたい都市』
  • 「正常」を自明とした上で「異常」をもたらす特別な原因を探るのではなく、むしろ「異常」こそがありそうな状態で、「正常」こそがありそうもない状態であることを示すのが、社会システム理論の基本スタンスです。
    『サイファ覚醒せよ!』
  • 社会システム理論は、コミュニケーションが可能であるかのように擬態させる特別な装置が必要だとは考えません。原理的に「意味の共有/意味が受け渡される」という意味でのコミュニケーションは、いつでもどこでも不可能です。
    『サイファ覚醒せよ!』
  • 憲法学者のローレンス・レッシグが民主政を擁護するとき、自由論から展開します。ルーマン的なシステム論者と同じですね。全員参加で正当性担保なんてバカを言うな、参加しようと思えばできるようにしておけばいいと。
    『波状言論S改』
     → システム理論家 ルーマン

 


→幸福論remix 目次



幸福論remix サブカルチャーの歴史

宮台真司bot

→幸福論remix 目次

【サブカル サブカルチャーの歴史】
  • 古くは、正義 が悪を懲らしめるというものがある。明治時代から1964年頃までこうしたタイプの作品ばかりだった。「理想の秩序」があって、それを守る主人公が偉いという図式だ。
    『13歳からの大学授業 未来コンパス』
  • 日本では1950年代から60年代にかけて「大きな社会の中で翻弄される小さな個人」というモチーフが、マンガでも映画でも反復されました。
    『サブカル「真」論』
  • サブカルチャーに刻印された不安を見ると非常に面白い。東京オリンピックの頃から出てくるいわゆる「呪い」モチーフは、「自分たちが今住んでいる場所が元々どういう場所だったのかわからない」という不安と結びついています。
    『人格障害のカルテ 理論編』
  • 60年代サブカルチャーをなぜ熱く感じるのか。祭りだからだ。60年代には共通前提があり、共同身体性があり、我々意識があり、それゆえ祭りがあり得た。60年代には「世代の祭り」を可能にする共同身体性があった。
    『「世界」はそもそも…』
  • 60年代的カウンターカルチャーの挫折は、少年マンガでは反〈世間〉的な文脈の脱落に伴うドラマツルギーへの純化として現れる。〈世間〉から疎外されつつ〈課題達成〉に命を燃やすのでなく、単に「より強いライバルの出現と打倒」に純化されている
    http://is.gd/eaD2D
  • 70年代初頭はフォークソングに代表される自作自演ブームです。これは「商業主義/反商業主義」というカウンターカルチャー的な二項対立が、社会的文脈の変化に対応して「大量生産/自作自演」二項対立に変換されたものです。
    『サブカル「真」論』
  • 60年代は「ここではないどこか」を現実世界に実現しようとした「政治の時代」。70年代は「ここではないどこか」を観念世界へと退却させる「アングラの時代」。それが、70年代末から「パロディの時代」になります。
    『ネット社会の未来像』
  • 70年代、メディア上での「性の解放」の氾濫に困惑しアノミーに陥った少女たちが繭籠りのツールとして「かわいい」を利用したのが、「乙女ちっく」でありイラストポエムや交換日記です。
    『日本的想像力の未来 クール・ジャパノロジーの可能性』
  • 「かわいい」の歴史をお話ししたのは、「日本的なサブカルチャー」の流れの、最初期の段階に、「乙女ちっく」的な「かわいい」があることを述べたかったからです。
    『日本的想像力の未来 クール・ジャパノロジーの可能性』
  • 「かわいい」という観念の登場は大体63年から64年にかけてなんですよ。それまでの「美しい」から急速にかわるんです。「かわいい」の使われかたを綿密に見てみると、「誰からも好かれる」って意味なんですよ。
    『われらの時代に』
  • 変化の最初の表れは、意外にも恐怖コミックに見出された。新興住宅地の開発のかげで忘れられた共同体の記憶(白蛇!)が、失われた個人の記憶(前世!ポルターガイスト!)に置き換えられたのだ。
    『増補 サブカルチャー神話解体』
  • プログレが最高だと言ってたスノッブたちが、1976年にイーグルスの「ホテルカリフォルニア」でロックの終焉を宣告されたあと、歌謡曲にシフトして「わかる奴にしかわからない」ネタ的コミュニケーションを始めた。
    『思想地図〈vol.3〉』
  • 団塊世代後期「プログレ野郎のキャンディーズ賛歌」的なものから、団塊世代以降~新人類世代「わかるやつにはわかる」的ものへの変化。これを少年漫画で象徴するのが、『がきデカ』から『マカロニほうれん荘』への変化です。
    『サブカル「真」論』
  • 『ガンダム』の世界には、昔の日本みたいに「愛」と「共同体」があった。今はそれがなくなってしまったんだ。
    『中学生からの愛の授業』
  • 女子は70年代から80年代を通じて少女マンガでたくさん人間関係のシミュレーションをしてきたのに、男子は敵が現われる、倒す、もっと強い敵が現われる、倒す『少年ジャンプ』。そんなものは現実を生きるのに何の役にも立たない。
    『透明な存在の不透明な悪意』
  • 80年代は単に豊かだったんじゃなく、それまで貧しかったということが重要だったわけです。つまり、落差が生み出した幻想です。
    『サブカル「真」論』
  • 以前はジャンルに意味がありました。92年までは、日本の音楽は「歌謡曲/ニューミュージック/和製ポップス/和製ロック」の四つに明確に分けられ、人格類型によってどのジャンルを享受するのかが明確でした。
    『サブカル「真」論』
  • 映画や音楽は島宇宙内の内輪的コミュニケーションとしてしか流通しなくなりました。こうした変化を、映画や音楽や文書のアー力イブス化が促進しています。
    『計算不可能性を設計する』
  • 80年代~90年代初頭、性的なフィールドの負け犬が「オタクの階級闘争」での上昇を目指すという振る舞いがありました。現実社会で上昇できないやつが教団内での上昇を目指すという宗教的な「地位代替機能」と同じです。
    『サブカル「真」論』
  • 同じハルマゲドンの扱いでも『ヤマト』から『幻魔大戦』までは「ハルマゲドン」そのものが描かれるが、80年代半ば以降の『北斗の拳』『ナウシカ』『AKIRA』になると「ハルマゲドン_後_の共同性」が重要なモチーフになる。
    『終わりなき日常を生きろ』
  • 「ハルマゲドン」は、理想の社会を構築するためではなく、理想の自己を構築するために目指されたのです。社会の全体が、自己のホメオスタシスという主観的な観点からだけ思考された、その意味で、オウム真理教こそ「元祖セカイ系」でした。
    http://is.gd/d7MKQ
  • 92年頃に分水嶺がある。若い連中が「ずれ」なくなったんです。世代でいうと77年生まれ以降「ポスト団塊ジュニア世代」。この世代からアウラが消え、五年ほど経つと東浩紀さんのいう「データベース的消費」が出てきます。
    『ネット社会の未来像』
  • 工ロ業界で「サブカル系」が差別語になったのは92年だと思います。差別語としての「サブカル系」とは、実は「自意識系」の別名なのね。サブカル趣味が、ある種の痛々しさの自己表明みたいに受け取られていたんです 。
    『サブカル「真」論』
  • 工口雑誌の世界では92年に「字モノ」から「絵モノ」へのシフトが起りました。従来の工口雑誌は、本体はあくまで文章で、イラストや写真は文章の説明(挿し絵)でした。それが逆転し、文章はキャプションへと降格しました
    http://is.gd/d7MKQ
  • 1992年を境にして、「現実」から一挙に重みが消えはじめたのです。そうして、重みが完全に消えたのが1996年です。
    http://is.gd/dhkKq
  • この15年間に、日本のサブカルチャーには大きな変化がいくつかありました。とりわけ、1996年の変化と、2001年の変化を、見過ごすわけにはいきません。
    http://is.gd/d7MKQ
  • 96年以前が「〈自己〉の時代・前期」で、「虚構」が「現実」に劣るという観念が維持される時代です。96年以後が「〈自己〉の時代・後期」で、自己のホメオスタシスにとって「虚構」が「現実」と等価な素材として享受される時代です。
    http://is.gd/d7MKQ
  • 「現実の虚構化」ゲームは、性愛コミュニケーションが前提でしたから、当然不得意な人も出てきて、現実を演出するより、現実と無縁な異世界を現実がわりに生きるようになります。オタクたちの「虚構の現実化」です。
    http://is.gd/d7Cs8
  • 自己のホメオスタシスに役立つならば「現実」であろうが「虚構」であろうが、何でも利用するようになりました。だから「虚構の時代」と呼ばれるのです。
    http://is.gd/d7MKQ (自己のホメオスタシス=自己防衛、自分のありようの正当化。今の自分でいいのさコジツケ)
  • 1995年の「オウム真理教の失敗」と入れ替りに、1995年秋にテレビシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』によって、「セカイ系」の時代が始まったのです。
    http://is.gd/d7MKQ
  • 全面フラット化後、96・97年から、「虚構の現実化」を行なう島宇宙の内部に、フラクタルのように再度「虚構の現実化(セカイ系)/現実の虚構化(バトルロワイヤル系)」という差異がコピーされたわけです。
    『日本的想像力の未来』
  • 年長世代と年少世代の落差だね。たとえば『エヴァンゲリオン』を「引用の嵐だ」というふうに読む年長世代の読みかたと、碇シンジくんの自意識をめぐる物語として読む年少世代の読みかたの落差です。
    『波状言論S改』
  • AC(アダルトチルドレン)も、碇シンジも、ひきこもりも、僕らの世代から見ると、年少世代のマジネタだったのが、二年経たずにコミュニケーション・ツールになった。
    『波状言論S改』
  • 「セカイ系」とは、「自分の謎」の解決が「セカイの謎」の解決に直結するような意味論の形式を持った、『新世紀エヴァンゲリオン』を出発点とする作品群(またはそれら作品群の意味論)のことです。 http://is.gd/d7MKQ
  • 「俺はダメな奴だ」という自意識の人は、何か問題が生じた場合、外部(社会)でなく内部(自分)に帰責するので、社会問題に関する異議申し立てが抑止されます 。
    『格差社会という不幸』
  • 「俺はダメな奴だ」という自意識の人は、物事がうまくいかないとき「自分がダメだから失敗した」と帰責しがち。これが「自分がダメでなくなれば、すべてうまくいく」と反転すると、セカイ系サブカルチャーが成立する。
    『格差社会という不幸』
  • 日本的なサブカルチャーによる社会的文脈の無関連化が進んで全面フラット化が完了してしまうと、日本的なサブカルチャー自体が途端に価値を失い、進化の袋小路のような細分化ないし自己差異化に向かうという可能性。
    『日本的想像力の未来』
  • 10年くらい幅がありますけれども、おたく化、匿名メディア化、ストリート化という順番で〈第四空間化〉が展開して、〈学校化〉の中で居場所を喪失した子たちが、居場所を獲得するようになりました。
    『人格障害のカルテ 理論編』
  • 「かわいい」という概念の取り込みで「性」が関係性から記号へと変じ、入替可能な「何でもあり」になった。こうした「何でもあり」を背景にして、90年代のブルセラや援交が出てくる。
    『日本的想像力の未来 クール・ジャパノロジーの可能性』
  • 90年代後半、当ゼミの男子院生6割超がギャルゲーマニアと判明。「現実の女の子と付き合えないのではなく、ゲームよりも実りがないから付き合わない」「現実の子は薄い。ゲームの子は現実の子より感情豊かでコミュニケーション能力がある」
    http://is.gd/d7xCF
  • 「かわいい」コミュニケーションによる社会的文脈の無関連化こそは、「現実の虚構化」の出発点でした。
    『日本的想像力の未来 クール・ジャパノロジーの可能性』
  • 1999年を境に、「現実」は「虚構」よりも重いという感覚が急減して、「オタクの救済」が進みました。
    http://is.gd/dhkKV
  • 巷間「現実と虚構の区別がつかない若者」という物言いが流布し、原因としてメディアの悪影響が沙汰されました。データ的には出鱈目です。正確には「現実と虚構の区別はつくが、取り立てて現実を尊重しなければいけない理由を見出せない」。
    http://is.gd/d7zeP
  • 以前は「現実」がもっと生々しく体験されていました。それが90年代半ばから生々しくなくなって、「虚構の現実化」と「現実の虚構化」との区別が意味を持たなくなります。現象としては「オタク差別の衰退」「オタクのオーバーグラウンド化」です。
    http://is.gd/d7Cs8
  • 「オタク差別の消滅」「オタクの公認化」「総オタク化」。オタクから、コミュニケーションを楽しむ存在である「半オタク」へ、の動き(「メイド喫茶」や『電車男』のブーム)が進んだ結果、秋葉原はかつての異様さを失い、観光地化しました。
    http://is.gd/d7MKQ
  • 日本のサブカルは最近急に脱自意識化してきた。宇多田ヒカルが「本当の自分が表れてるのはどの曲か」と聞かれて「エンターテイナーは客が欲しいものを出すのが仕事で、本当の自分なんか出すわけねえよ」ってキレてた
    『M2われらの時代に』
  • オリンピックの64年、石油ショックの73年、性と舞台装置急上昇の77年、アングラ消滅83年、DCブランド田吾作化88年、就職冬の時代の92年、同時多発テロの01年。常に、サブカル史上の大きな転換点があります。
    『サブカル「真」論』
  • 『続・サブカルチャー神話解体』は今後も上梓する予定はありません。資料の山だけが残ってしまった。決定的理由は、若者たちから社会的文脈の変遷についての歴史的認識が消え、副次的理由は、分類関心が消えたことです。
    『サブカル「真」論』

→幸福論remix 目次



カテゴリ
リンク
サイト内検索