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宮台真司bot
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日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界

宮台真司bot

社会学2004年 

『日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界』


 
宮台真司 著作●→近代主義者としての私は、近代がいわば複素数空間であり、虚数的なものを認めないと定義できないことをわきまえています。虚数を虚数のまま維持することが大切で、虚数をマルチチュードに置き換えればいいというわけにはいかない。

宮台真司 著作●→「たとえどんな結果を招き寄せるのだとしても、正義は貫徹されなければならない」と考える者たちも、確実にいることを、頭に置いて欲しいんです。

宮台真司 著作●→考えてみてください。実際に存在することがたしかめられたものだけしか前提にできないのだとすれば、私たちは日常生活でさえ一歩も進めません。

宮台真司 著作●→未規定なものを前にすると足がすくむというのは、私にいわせれば「幼稚園児の思考」です。規定可能なものを徹底的に思考しつくした人間は、それゆえにこそ未規定なものに開かれ、そこから動機づけを獲得するのではないでしょうか。

宮台真司 著作●→人倫の世界における形象は、大半が虚数的です。「それって本当にあるの?」と尋ねられたら「厳密には、ない」と答えるしかありません。でも、あるということにしておかないと、現にあるものまで、なくなってしまう。

宮台真司 著作●→自己決定は、存在しないといえば存在しない。共同体も、存在しないといえば存在しない。にも関わらず、自己決定は存在する、共同体は存在する、という想像的な前提抜きには前に進めないのが私達の日常なのです。

 〜 宮台bot Twitter 宮台真司bot


『日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界』
 双風舎
 


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