「宮ボット語録」カテゴリーに入っている記事

  • → プレジデント 2017年5月1日号 30代の心がけ
       2017年 『プレジデント 2017年5月1日号 30代の心がけ』 「86年以降世代」は「社会はこのままずっと続く」という感覚を持つ。彼らが思春期を迎える97年頃から、日本社会は「平成不況」が深刻化、以降の変化が乏しくなった。だから「どうせ何も変わらないのであれば、周りに合わせるしかない」という構えになりやすい。大学生のSNSをみてみると、どれも似たような絵文字やスタンプの送り合いだ。彼氏や彼女を別人に入れ...  全文を表示する

  • → 教育をめぐる虚構と真実
       2008年 『教育をめぐる虚構と真実 神保・宮台激トーク・オン・デマンド』 教育とは、意図するとしないとにかかわらす、常にすでに「全体主義的リベラリズム」と表裏一体だ。「全体主義的リベラリズム」とは、社会的全体性の観点からソレをよしとするリベラルなパターナリズムをいう。塾では子どもに居場所感を与えることが重要になっているんです。感情面でのケアが大事になっているという意味では、塾講師は社会学などでい...  全文を表示する

  • → 正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く
       2016年 『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』 僕らは自由に言葉を使え、自由に体を動かし、自由にピントを合わせられる。でも、この自由は自動機械と同義だから、物事が厄介になる(笑)。絆とは、助かりたいがゆえに追求する「手段」ではなく、何があっても助けるという「目的」です。言い換えれば、損得勘定の「自発性」を超えた、内から湧き上がる力の「内発性」です。社会がダメになりつつあるからこそ、もともとの...  全文を表示する

  • → 正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く
       2016年 『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』 リベラル・ナショナリズムは、最初にどこで生まれたかで「人権」の座席に座れるか否かが決まり、本人に責任がない理由で「コイツは人間、ソイツは人間モドキ」と選別します。ヒトは〈感情の動物〉で、ヒト独自とされる愛も嫉妬も、インストールされた〈感情プログラム〉の帰結ですが、誰もが同じプログラムをインストールされていることの切なさ。〈世界〉は確かにそうなっ...  全文を表示する

  • → 正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く
       2016年 『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』 私は、表現したいことを伝えるために映画を利用している。通常の映画批評から見れば、掟破りだろう。救いがないことで救われるという作品系列があります。それはギリシャ悲劇的と呼ばれることが多く、ソフォクレス「オイディプス王」に形式の典型が見出せます。通過犠礼は[ 離陸→混沌→着陸 ]の3段階を辿ることが知られています。離陸面と着陸面の相違が、成長による移行...  全文を表示する

  • → まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」
       2016年 『まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』 かつてネットは誰もがつながれる空間を与えてくれるとの幻想がありました。どんなマイノリティもネット空間のどこかに仲間を見つけ出せるのは良いことだと。 でも実際には「どんな馬鹿も、ネットのどこかに似た馬鹿を見つけ出し、誰にも諌められず、超伝導回路を巡る電流のように永久に愚昧な遣り取りを続ける」という、かつてない事態を蔓延させま...  全文を表示する

  • → まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」
       2016年 『まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』 「ゾーニングからフュージョンへ」「サウンドからノイズへ」が僕のスローガンです。見たいものしか見えない社会はよくない。過剰なゾーニングは、「社会としては、多様な属性を持つ万人を尊重するように見えて、個人としては、多様性への免疫が失われる」という逆説を招き寄せてしまいます。まちづくりは単なるフィール・グッド・ソサエティを目差し...  全文を表示する

  • → 悪という希望 「生そのもの」のための政治社会学
       2016年 『悪という希望 「生そのもの」のための政治社会学』 私の理論的出発点は社会システム理論だから、元々は理性に照準してきた。人々の人格に帰属される事物に多大な負担をかける代わりに、ソーシャル・デザインと、それを担う理性的エリートに期待するということだ。〈世界〉は「本来なら別様であり得たのにこれでしかない」という風に現れる。〈世界〉は「別様であり得た可能性」と共にあり、我々はいつもそこから疎...  全文を表示する

  • → 社会という荒野を生きる。 宮台真司ニュースの社会学
       2015年 『社会という荒野を生きる。宮台真司ニュースの社会学』 拡がる〈感情の劣化〉は既に一部で意識されるようになり、個別には対処も進んでいる。最もよく知られるのが2010年から拡がった初期利用者層のフェイスブック離れだ。【「風の谷」戦略】共通するのが、インターネットを劣化空間と見倣して切り離すことでコミュニティを保全する構えだ。これらは謂わば「社会を荒野と見倣して共同体存続を図る試み」だ。共同...  全文を表示する

  • → 社会という荒野を生きる。宮台真司ニュースの社会学
       2015年 『社会という荒野を生きる。宮台真司 ニュースの社会学』 【社交格差】〈感情の劣化〉ゆえに〈見えないコミュニティ〉に所属できない者は、インターネットの劣化空間に類するものしか知らない。 すると主観的な社会イメージが劣悪になるから、自らの営みも荒みがちで、〈感情の劣化〉が加速する。これは悪循環だからどんどん昂進する。【天皇】2014年以降の陛下の御発言の分厚さを見ると、日本の政治が、そして...  全文を表示する

  • → 社会という荒野を生きる。宮台真司ニュースの社会学
       2015年 『社会という荒野を生きる。宮台真司ニュースの社会学』 戦後憲法は押しつけだという〈クソ保守〉と、民主主義は米国がくれたという〈クソ左翼〉は、表裏一体の「戦後レジーム」です。【シュライエルマッハー】なぜ悪はあるのか。左(主知主義)は、全知全能である神の計画だと理解する。右(主意主義)は、神は全知全能なのだから、人知を超えて端的にソレ(悪)を意志すると理解する。公共交通機関でベビーカーを利...  全文を表示する

  • → 戦争する国の道徳 安保・沖縄・福島
       2015年 『戦争する国の道徳 安保・沖縄・福島』 2010年に、先進各国で「フェイスブック離れ」を含めた「SNS離れ」が始まった。 「感情的劣化層」から自分たちを守るために、フェイスブックを含めたSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)全般から退却して、ネット上から見えないコミュニティに向かう動きが、ベルギーから生じて、あっという間にヨーロッパに広がった。僕は不可逆な悪循環過程に入ったなと感じる。それ...  全文を表示する

  • → 戦争する国の道徳 安保・沖縄・福島
       2015年 『戦争する国の道徳 安保・沖縄・福島』 そもそもネトウヨとは誰のことか。「ネトウヨって誰のことだよ」とほざいている輩(やから)自身のことです。 「自分もネトウヨかもしれない」という危惧のない人間は、「ネトウヨって誰だよ」なんてどうでもいいことに絡んでくるはずがない。そんなことをぐじぐじ問題にする浅ましいやつがネトウヨです。おじい・おばあを大切にする温かい沖縄の血縁社会は、他方で「もの言...  全文を表示する

  • → これからの学校教育を語ろうじゃないか
       2015年 『これからの学校教育を語ろうじゃないか』 日本の教育は、基本的に失敗しています。先進国のなかで、産業構造改革にも、財政構造改革にも失敗しているのは、日本だけです。僕たちが「熟議」とか「コミュニケーション」という言葉を使っても意味がありません。なぜなら、民主主義の概念を勘違いしているのに、それを正していないからです。90年代に裏世界と警察の交流が途絶し、アンダーグラウンドの状況が全くわか...  全文を表示する

  • → これからの学校教育を語ろうじゃないか
       2015年 『これからの学校教育を語ろうじゃないか』 「人材育成の失敗」。これがキーワードだと思います。今後もこの失敗から回復する見込みはないんじゃないでしょうか。日本は「経済的に困っている人を助けてはいけない」と答える人が世界のどの国よりもダントツで多いんです。アメリカよりも多いんですね。教育には、「当の個人が幸せになるという観点」でなされる議論と、「社会にとって前途有望な人材を、選別と動機づけ...  全文を表示する

  • → 日本の大問題 「10年後」を考える
       2015年 「10年後の日本、感情の劣化がとまらない」 「いざという時、自分が助かるための道具こそ絆(きずな)だ」という発想はナンセンス。絆は手段ではなく目的です。「自分が犠牲になっても助けたいと思う人がいること」が絆です。日本でも〈見ず知らずからなる我々〉は崩壊しています。2007年の調査によれば、政府は貧困家庭を助けるべきでないと答える人の割合が、欧州で10%前後、アメリカで28%なのに、日本...  全文を表示する

  • → 原発 決めるのは誰か
       2015年 『原発 決めるのは誰か』 専門家は安全性を議論できる。僕たちはどのような社会がいいのかについて考えたい。そのことについて専門家は回答を与えてはくれない。ではどうするのか。自分たちで引き受けて考える必要がある。 専門性を引き受けるということではなくて、価値を引き受けるということです。福島大学の学生達を取材すると、教員も学生も原発や放射能汚染の話は事故当初からほとんどしないそうです。地元の...  全文を表示する

  • → 21世紀のマダム・エドワルダ バタイユの現代性をめぐる6つの対話
       2015年 『21世紀のマダム・エドワルダ バタイユの現代性をめぐる6つの対話』 SNSに代表される〈脳内ダダ漏れ〉のせいで情報非対称性が崩れ、どんなに立派に見える者も〈実際はしょぼい〉という予期が一般化した。テクノロジーによる主体解体がもたらすのは〈全体性への統合〉でなく〈混沌による解放〉です。このビジョンはクローネンバーグが映画化したJ.G.バラード『クラッシュ』に描かれます。ソクラテスは世界を混沌...  全文を表示する

  • → これが沖縄の生きる道
       2014年 『これが沖縄の生きる道』 第4章 国境に生きる人々の知恵ぼくが「格差と貧困が増大した」という言い方よりも「中間層が分解し共同体が空洞化した」という言い方を好むのは、非貧困層であっても〈感情の劣化〉を被るメカニズムに言及できるからです。一部の調査では、安倍支持層の若い世代は、他の若い世代に比べて、所得は高いが独身者が多く、独身者の中でもパートナーがいない割合が多いという結果、が出ています...  全文を表示する

  • → 中澤系歌集 uta0001.txt
       2015年 『中澤系歌集 uta0001.txt』寄稿「「告知される『蝕の時代」の始まりと、『遠き未来』の新生」 ワークショップなどで数多くの男たちを観察してきた経験から言うと、街頭ナンパは長くても五年で飽きる。中澤系の表現で言えば「類的な存在」であることに倦むのである。中澤系『uta 0001.txt』の目次に目を通した途端、一瞬眩暈がした。恐るおそる時系列で読み始めると、記憶の怒涛が引き金を引かれ、しばし時間感覚を失...  全文を表示する

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